N
アート&レビュー
ブックレビュー

アメリカを変えた夏 1927年 ビル・ブライソン著繁栄と狂騒の時代 歴史の綾

2015/12/9

ブックレビュー

タイトルからして好奇心をくすぐられる一冊である。

(伊藤真訳、白水社・3200円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

ベストセラーを連発している著者が今回目を付けたのは1927年という年。しかも春から秋にかけての僅か5カ月だ。

25歳のチャールズ・リンドバーグがニューヨーク=パリ間の大西洋単独無着陸飛行を成功させ、32歳のベーブ・ルースがシーズン60号ホームランを放ち大リーグ記録を塗り替え、28歳のアル・カポネが全米のギャングの頂点に君臨した夏。確かにアツい夏だった。

日本でも馴染(なじ)みの深い、こうした時代の申し子たちの知られざる一面を詳(つまび)らかにしつつ、著者は、当時、市井の人々が夢中になっていたニュースや商品、作品などを丹念に発掘、各章の前景や後景に据える。そのほとんどが米国内でさえとうに忘れ去られたものだが、それ故か、かえって当時の息吹が伝わってくる。

1927年といえば、昭和2年。今ひとつ鮮明に思い返すことのできない年だが、有名な年号ばかりが歴史を作っているのではない。むしろ大きな歴史の静かな行間に目を向けることで初めて見えてくる時代や社会の本質もある。

米国についていえば、当時は、第1次世界大戦の勝利によって世界の表舞台に存在感を示した躍動の時代であり、「米国的生活様式」や「米国の世紀」の文化的アイコンが続々と生み出された繁栄の時代であり、そして1929年の大恐慌前夜の狂騒の時代でもあった。

かつて「一九二七年の春、明るく、異質な何かが、閃光(せんこう)のように空を横切った」と綴(つづ)ったのは作家スコット・フィッツジェラルドだが、こうした時代の変わり目を、敢(あ)えて「ひと夏」にこだわることで、見事に描き出した著者の力量には嫉妬すら覚える。

「一九二〇年代のアメリカの人びとは異常なほどスペクタクルに飢えていた」という冒頭の書き出しから私は本書にのめり込んだが、人と人、点と点とが思わぬ形で取り結ぶ歴史の綾(あや)に何度も唸(うな)らされた。

それは、例えば「ヤンキースが中西部を地上で都市から都市へと移動していたころ、チャールズ・リンドバーグもほぼ同じ地域を空で移動していた」という、一見、何の変哲もない一文までもが劇的かつ意味深に読めてくるほどだ。

小説のような巧みなストーリー構成と、頭のなかで一瞬にして映像化されるような趣深い叙述。翻訳も素晴らしい。

(慶応大学教授 渡辺 靖)

[日本経済新聞朝刊2015年12月6日付]

アメリカを変えた夏 1927年

著者:ビル ブライソン
出版:白水社
価格:3,456円(税込み)

注目記事