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「フランスかぶれ」の誕生 山田登世子著 明治の日本人の憧憬と文芸誌

2015/12/8 日本経済新聞 朝刊

うんと質の高いカルチャー講座を受けたぐあいだ。先生はファッションに敏感な女性であり、歴史や文芸一般にゆたかな知識をそなえたフランス文学者であり、その上、たのしく語ることを心得た作家でもある。珍しい挿絵がどっさりついていて、なにげなく聴くなかに、ときおり「おやっ」と耳をそばだてる。

(藤原書店・2400円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

それにしても、あざやかなタイトルである。「フランスかぶれ」。ふつう「かぶれる」は、ウルシや薬などで皮膚がただれたときにいう。かゆくなるのが特徴だ。ウルシに「まける」ともいう。その言葉が明治末年から昭和初年のころの日本人の精神風土にあててある。とりわけ一世を風靡(ふうび)した文芸誌「明星」の時代の詩人、歌人、作家、知識人たち。与謝野鉄幹・晶子、木下杢太郎、北原白秋、永井荷風、島崎藤村……。アナキスト大杉栄が加わるのが出色のことだ。しめくくりは堀口大學と訳詩集『月下の一群』。

「海のかなたに空想の翼をひろげる西洋かぶれ」

「パリの芸術がいかに明治の青年の憧憬をそそったか」

パリはたいてい「巴里」と書いた。まさしくそれは「憧れの地」であって、現実のフランスというよりも空想と欲望の産物だった。憧憬が生み出した夢の街であり、異国の文化に対していだいている想像力と切りはなせない。その「かぶれ」の程度、かゆみぐあいをミリ単位ではかるようにしてあとづけていく。

短歌、詩文、回想、報告、遺(のこ)されたものを初出のかたちで丁寧に見直した。たのしい文化誌をつづる一方で、多少とも意地悪な試みでもある。憧憬や熱狂とともに語られた証言が、しょせんは表層にとどまって認識には至らなかった状況が浮かび上がってくるからだ。

「明星」の時代は一九〇〇年から一九二七年に及ぶ。二十世紀の幕開けから第一次世界大戦後の大混乱期である。大戦前の古き良きヨーロッパはあとかたなく消え失(う)せて、ファシズムやナチズムが頭をもたげ始めていた。そのなかで「かぶれ」患者は何を見て、何を考えただろう? 自分の夢に必要なものだけを選びとり、巧みに自作にとりこんで、あとは捨てた。悪の発散するあぶない魅力は正確に感じる一方で、文語という美的人工語で夢の素材につくりかえた。大杉栄がまじりこむたしかな理由があった。だからきちんと書きそえてある。「大杉の言葉は明治の言葉よりはるかに新しい」

花のパリでひと騒動やらかして、刑務所に放りこまれた際の文章がスゴイ。ノミ、シラミの巣窟にいたが、少しもかぶれていなかった。

(ドイツ文学者 池内 紀)

[日本経済新聞朝刊2015年12月6日付]

「フランスかぶれ」の誕生 〔「明星」の時代 1900-1927〕

著者:山田 登世子
出版:藤原書店
価格:2,592円(税込み)

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