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進むか医師の地方定着 医学部の「地域枠」全国に拡大 専門性の確保、課題に

2015/12/9 日本経済新聞 朝刊

 都道府県とそれぞれにある大学が協力して医学部に「地域枠」を設け、卒業生に一定期間、地元勤務を義務付ける取り組みが本格化して10年。深刻な医師不足を解消する切り札として、導入した医学部は全体の約9割にまで広がった。ただ地方では指導を受けたり、経験を積んだりする環境が十分ではない。制度が定着しつつあるなか、専門性をいかに磨かせるかという課題は残る。
地域枠の卒業生は地元病院で初期臨床研修を行う(11月、秋田市立秋田総合病院)

 「お体の具合はいかがですか」。11月中旬、秋田市立秋田総合病院。入院患者に声を掛けながら巡回する大高葵医師(25)は秋田大医学部地域枠の卒業生だ。

 大高医師は県北部の大館市出身。2008年春に地域枠で入学し、卒業した昨春から2年間の初期臨床研修で同病院に勤める。

 医師を志したきっかけは高校時代に地元で見守った祖父の闘病生活。がんで亡くなるまで担当医が治療を尽くす姿を見た。報道で地方の医師不足を知り、生まれ育った地で医療を担おうと考えた。「将来は県内では少ない放射線科の専門医になりたい」と意気込む。

■修学資金免除も

 医学部定員の一部を割り当て、修学資金を負担する代わりにへき地の診療所などでの勤務を一定期間義務付けるのが地域枠だ。地元だけでなく、他県出身者を対象とする大学もある。

 秋田大医学部は県と連携して06年度に導入した。県が貸与する月約15万円、6年間の修学資金の返還を免除し、卒業後は9年間、県内で勤務。うち半分は県指定の医療機関で働く。15年度春の入学定員のうち、約3割の30人超が地域枠だ。

 地域枠は1990年代後半から一部で導入されていたが、急速に広がり始めたのは06年度から。背景には04年度に導入された新たな臨床研修制度がある。

 それ以前の卒業生は大学付属病院の医局に所属し研修するのが一般的だった。医局トップの教授が人事権を掌握することに批判はあったが、医局員を関係の深い病院に派遣、へき地を含め配置を調整してきた。

 新制度では卒業後、自らの希望で研修先を選べるように。このため先進的な医療機器を備え、経験も積める東京など大都市の病院を選ぶ傾向が強まった。

 結果、医師の偏在が深刻化。これを緩和しようと都道府県は地域枠に着目した。06年度に導入が前年度の2倍の18大学となり、15年度に全国の約9割に当たる70大学に広がった。定員は計1500人を超えた。

 約17万人(10年時点)が離島で暮らす鹿児島県。今年4月、鹿児島大医学部の地域枠第1期生の2人が臨床研修を終え、奄美大島の県立大島病院などに配属された。トカラ列島などの離島の巡回診療も担当する。

■定着率8割超に

 「地域的なハンディがある自治体にとって、地域枠は地元に残るきっかけ作りになる」(秋田総合病院の中川正康・卒後臨床研修センター長)。秋田県では初期研修後も地元で働く「定着率」はかつて6~7割だったが、ここ1~2年は8割を超えたという。まだ全国的に地域枠を経て地元に勤務する医師は少ないが、今後は卒業生が急増し、地域医療で一定の役割を果たすことになりそうだ。

 一方で課題もある。地域枠に詳しい奈義ファミリークリニック(岡山県奈義町)の賀来敦医師は「地方は専門医の資格を取得できる環境が保障されていない」と指摘する。

 17年度には診療科ごとに学会が行う専門医の認定を、第三者機関が担うことになり、より資格の取得が進むとみられる。その中でへき地では指導医がいなかったり、特定の臓器について症例の経験が不足したりする懸念がある。

 若いうちに専門性を身につけたいという医師は多い。賀来医師は「資格取得後にへき地勤務の義務を果たせるようにするなど、自治体は柔軟に対応すべきだ。そうすれば人生設計も描きやすい」と話している。

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■「大病院志向」根強く 石川など7県、半数が県外に

 石川など全国7県で、地元大学を卒業した医師の半数以上が地域に残らず、「流出」していることが慶応大医学部5年の岡田直己さんらの研究チームの調査で分かった。千葉や埼玉、兵庫の各県では逆に「流入」が目立った。

 調査は1994年から2012年までが対象。期間内に医学部を卒業し、国家試験に合格した人数と実際に増えた医師数を都道府県ごとに比較した。

 合格者数に比べ、医師の増加数の割合が最も低かったのは石川県。流出率は68%で、このほか島根、鳥取、高知など6県が50%を超えた。

 一方、医師の増加数が合格者数の2倍を超えたのは千葉県と埼玉県。兵庫が1.7倍で続いた。いずれも人口が多い割に医学部のある大学が少ないのが特徴だ。キャリアアップを図るため、大病院勤務などを志向する医師が流入しているとみられる。医学部が多い東京では、16%が他に流出していた。

(平野慎太郎、大西康平)

[日本経済新聞朝刊2015年12月6日付]

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