ブラッドランド(上・下) ティモシー・スナイダー著ナチとソ連の虐殺、全貌に迫る

1933年から45年まで、ナチ・ドイツとソ連は、ヨーロッパの中央部でおよそ1400万人を殺害した。スターリンは、33年にウクライナを飢餓に追い込み300万人以上を殺した。37年から38年には大粛清(テロル)で70万人を銃殺した。39年に独ソに分割されたポーランドでは20万人が殺された。独ソ戦を始めたヒトラーは、レニングラードを包囲して400万人を餓死させた。さらに、45年までに銃あるいはガスで500万人以上のユダヤ人が殺された。

(布施由紀子訳、筑摩書房・上2800円、下3000円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

これらの死者はすべて、戦争ではなく、政策の犠牲者である。1400万という数字に兵士は含まれておらず、ほとんどが女性か子供か労働者である。一番の死因は餓死であり、次いで銃殺、ガス殺となる。

このように、ヒトラーとスターリンの覇権主義政策が重複し、独ソ戦の戦場となり、ソ連の秘密警察とナチ親衛隊が集中的に活動した地域は、文字通り「流血地帯(ブラッドランド)」となった。ポーランド、バルト3国、ベラルーシ、ウクライナ、ロシアの西部国境地帯がここに入る。

それまではホロコーストがもっぱら注目を浴び、ユダヤ人犠牲者が他の犠牲者と切り離され、「流血地帯」全体の歴史が描かれてこなかった。同様に各国・各民族の個別の歴史も大量殺害の全体像を明らかにはしない。

著者は、明示されているだけでも17の文書館をめぐり、鉄のカーテンあるいは国境によって分断・封印されてきた「流血地帯」の歴史を紡ぎあげていく。犠牲者側と加害者側の双方の記録を駆使し、アーレントら著述家の観察も効果的に引用する。日本の動きが独ソの政策に与えた影響にも言及され、杉原千畝も歴史の証人として登場する。

先に翻訳された好著『赤い大公』もそうだが、著者の文章構成力は素晴らしく、その多言語を操る語学力にも舌を巻く。しかし、私たちが最も学ぶべきは、著者の歴史に向き合う姿勢だろう。夥(おびただ)しい非業の死と戦後におけるその歪曲(わいきょく)を綴(つづ)ったのち、著者は終章「人間性(ヒューマニティ)」で次のように本書を締め括(くく)っている。

「ナチスとソ連の政権は、人々を数値に変えた。(中略)われわれ人間主義者(ヒューマニスト)の責務は、数値を人に戻すことだ。それができないとすれば、ヒトラーとスターリンは、この世界を作り変えただけではなく、われわれの人間性(ヒューマニティ)まで変えてしまったことになる」

2010年に出版され、世界中で賞賛(しょうさん)を浴びてきた本書が、このたび日本語で読めるようになったことを心から喜びたい。

(成蹊大学准教授 板橋 拓己)

[日本経済新聞朝刊2015年11月29日付]

ブラッドランド 上: ヒトラーとスターリン 大虐殺の真実 (単行本)

著者:ティモシー スナイダー
出版:筑摩書房
価格:3,024円(税込み)