加工肉、日本人に影響わずかWHO、発がん性指摘で波紋 

ハムなどの加工肉は「発がん性が十分認められ、大腸がんになるリスクがある」。世界保健機関(WHO)傘下の国際がん研究機関(IARC)が10月に発表した「赤肉・加工肉のがんリスク」の調査結果が波紋を広げている。調査の目的や危険性の度合いなどの情報が十分になく、混乱を招いたようだ。肉類の発がんリスクはどの程度なのか、IARCは何を示そうとしたのか。

摂取量、世界に比べ少なく

日本人の赤肉・加工肉の摂取量はドイツの約4割にとどまる

IARCは様々な食品や化学物質を対象に人に対する発がん性を調べ、その根拠の確からしさに応じて5段階に分類している。今回対象にしたのはハムやベーコンなど保存性を高める加工をした肉(加工肉)と、牛や豚など哺乳類の肉(赤肉)だ。赤肉はいわゆる「霜降り肉」も含み、鳥や魚の肉は含まない。加工肉は「発がん性がある」最も上位のグループ1に、赤肉は「恐らく発がん性がある」グループ2Aに当たると判定した。

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10カ国22人の専門家が約800本の論文を調べて評価した。A4判で計7ページの発表文と解説用のQ&Aで「毎日継続して加工肉を50グラム摂取するごとに大腸がんのリスクは18%増加する」、赤肉の場合は「同100グラム摂取するごとに大腸がんリスクは17%増加する」と説明した。発症リスクが高まる詳しい仕組みについては触れなかった。

赤肉や加工肉をたくさん食べると、大腸がんのリスクが高まる研究はこれまでにもあった。世界がん研究基金(本部・ロンドン)と米がん研究協会が2007年にまとめた報告書「食物、栄養、身体活動とがん予防」がその代表で、赤肉の摂取量を調理後の重量で週500グラム以内に、加工肉はできるだけ控えるよう勧告した。WHOも02年の「食事、栄養及び慢性疾患予防に関する報告書」で、がんのリスクを減らすため加工肉の摂取を適量にするよう勧めている。

にもかかわらず、今回の発表に対する関連業界の反発は強かった。北米食肉協会が「特定の結論を導くためデータをゆがめた」などの反論を公表し、日本食肉加工協会など国内3団体も共同で「加工肉に対する信頼を揺るがしかねない」と声明を出した。

グループ1には、がん発症の原因でよく取り上げられる喫煙やアスベストが含まれる。「加工肉もこれらに匹敵する」との内容は大きな衝撃を与えた。IARCが十分な根拠を明示しなかった点にも不信感が募ったようだ。

IARCのメンバーでもある笹月静・国立がん研究センター予防研究部長は、発表の趣旨が「うまく伝わらなかった」と悔やむ。今回の発表は発がん性を示す根拠があるかどうかを判断するのが主な目的で「国によってどのようなリスクがあるのか、摂取目標をどう設定するのかまでは踏み込んでいない」と話す。

誤解が広がらないようにWHOは「加工肉を食べないよう求めるものではない」と追加声明を出し、国立がん研究センターも日本人向け解説を別途公表した。この解説には同センターが国内の45~74歳の男女約8万人を対象に、赤肉・加工肉の摂取量と大腸がん発症状況を追跡調査した結果を盛り込み、消費者が冷静に判断できる材料を示した。

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結論からいうと、平均的な日本人にとって赤肉や加工肉の摂取で大腸がんを発症する恐れは「ほとんど無いか、あっても極めて小さい」となる。

IARCが評価した論文の調査地は1日当たりの摂取量が50~100グラムの国がほとんどだ。日本人の摂取量は、13年の国の国民健康・栄養調査で同63グラム(赤肉50グラム、加工肉13グラム)と、同164グラムのドイツの約4割にとどまり、世界でも低い国に入る。食生活の変化などを背景に大腸がんは日本で増えているがんの一つだが、標準的な量を食べている限り、急速にリスクが高まるとは考えにくいという。

これまでのがん発症要因の研究によると、日本人男性では「喫煙」が最大の要因だ。「感染」と「飲酒」がこれに続く。女性は「感染」が1位で、次いで「喫煙」と「飲酒」だ。赤肉・加工肉だけを発がんリスクと結びつけて考える必要はなく、食習慣全般に意識を振り向ける方が適切だ。

赤肉にはたんぱく質やビタミンB、鉄、亜鉛などの健康に有用な成分が多く含まれる。また最近、高齢者の筋力を維持するためにも、たんぱく質の摂取は重要だとする見方が増えている。保存の利くハムやソーセージなどは重宝する食材だ。大腸がんのリスクを恐れて摂取を控えると、逆に健康を損なう危険が高まるかもしれない。特定の食品の良しあしの判定に、過剰に反応しない方がよいようだ。

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専門家と社会、認識にズレ 「リスクあり」が独り歩き

国際がん研究機関(IARC)による赤肉・加工肉と大腸がんリスクの発表では、健康に関するリスクの認識に専門家と社会の間にズレがあることが鮮明になった。意思疎通をうまくしないと、同じようなドタバタを繰り返すだろう。

専門家は評価の仕組みや手順を理解しており、科学的には誤りのない結論を下す。ただ食品と健康に関する限り、前提条件があっても健康によいか悪いかの評価が決まってしまえば、社会は結論を単純化して受け止める。今回のように「赤肉・加工肉に発がんリスクあり」の結論が独り歩きする。

専門家からの分かりやすい情報提供と、受け止める側の社会にも冷静に判断する姿勢が求められる。この課題は「リスクコミュニケーション」と呼ばれ、双方が協力して解決していくしかない。

リスクコミュニケーションに詳しい国の食品安全委員会の姫田尚事務局長は「情報に振り回されず、様々な食品をバランスよく取ることが大切だ」と説く。

(編集委員 永田好生)

[日本経済新聞朝刊2015年11月29日付]

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