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戦後入門 加藤典洋著 既成観念にとらわれない提案

2015/11/17 日本経済新聞 朝刊

護憲はやめ、左折の改憲を!大胆で実に思い切った提言だ。戦後七○年の節目を飾るべき書物として、人びとの記憶に深く刻まれるに違いない。

(ちくま新書・1400円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

新書三冊分はあろうかという厚さの、前半の三分の二は、第二次世界大戦を挟む国際社会の動向の冷静な分析。後半の三分の一は改憲を通じて、対米追従から国連中心に舵(かじ)を切ろうという著者独自の提案。『アメリカの影』(一九八五)、『敗戦後論』(一九九七)と続く著者の長年の思索の集大成である。

前半後半を通じての主役は、原爆だ。核兵器がどう世界を変えたか、そのなまなましい恐怖を復習する。加藤氏の新しい着眼は、原爆を落とす側の畏れとおののきをも描いていること。実験成功の報に、無条件降伏要求へと急に強気に転じるルーズベルト。《原爆が軍事基地の広島に投下された》とするトルーマンの声明の嘘。陸軍長官スティムソンものちの国務長官ダレスも、憂慮し逡巡(しゅんじゅん)する。このトラウマを隠すため、戦争の「大義」を作り出す必要があったと加藤氏は指摘する。各国が国益をかけて戦ったにすぎない戦争が、凶悪な全体主義の枢軸側・対・自由で民主的な連合国、という図式に事後的に塗り変えられていく。ニュルンベルク裁判も東京裁判も、こうした神話づくりの一環なのである。

と指摘する本書の前半は圧倒的だ。著者は世界史の裏面に分け入り、かつて江藤淳も届かなかったその先を進んでいく。足どりは緻密そのもの。誰もがそう考えるしかない思考の道筋の確かさが有無を言わせない。

後半はそれを踏まえた、著者の新たな提案だ。憲法九条は、国連軍創設とペアになるべきものだった。ところが日米安保条約とペアになってしまった。アメリカは日本国憲法に縛られない憲法制定権力。ゆえに日本は対米従属を逃れられない。だから九条を改正し、「自衛隊を国連待機軍とする、米軍基地は置かない、核は持たない」と明記すればよい。日本は主権を回復し、アメリカと対等な友好関係を築けるだろう。米軍基地を廃止してアメリカと良好な関係を保ったフィリピンの例もあるので、可能だと著者は言う。

この提案だと自衛隊は、名実ともに軍となる。有事には国連の指揮下に入り、ロシアや中国とも共同で行動するのか。集団的自衛権よりも、活動範囲が拡(ひろ)がってしまわないか。考えるべきことは山ほどある。それでも「左からの改憲」を提案した意味は大きい。既成観念にとらわれないこの提案の意気込みを、評者は高く評価したい。

(社会学者 橋爪 大三郎)

[日本経済新聞朝刊2015年11月15日付]

戦後入門 (ちくま新書)

著者:加藤 典洋
出版:筑摩書房
価格:1,512円(税込み)

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