恋人たち
現代日本の絶望と希望
『ぐるりのこと。』で絶賛を博した橋口亮輔監督の新作。前作では夫婦愛をほろ苦く感動的に語りながら、そこに重大な犯罪事件を点描して90年代日本の空気を醸しだした。一方、7年ぶりの本作では、3つの特異な愛のかたちをモザイクのように組みあわせつつ、さらに闇を濃くする20世紀日本の底流を描きだす。
1人目の主人公は、通り魔に妻を殺されたアツシ。妻の復讐(ふくしゅう)をするため弁護士の四ノ宮に相談するが、冷たく門前払いにされる。鋭敏な聴力を活(い)かしたコンクリート劣化診断の仕事にも身が入らず、自暴自棄から覚醒剤に手を出すが……。
2人目の主人公は主婦の瞳子。ささくれだった日常のなかで、ふとやさしさを見せた男(光石研)に引かれて家出を決意するが、男にはある目的があった。
3人目は、アツシを門前払いにした弁護士・四ノ宮。四ノ宮はゲイで、同居する若い恋人もいるが、学生時代からの親友・聡に一方的な純愛を捧(ささ)げている。しかし、あるときから聡の態度が急に変わる。そこには聡の家庭の事情があった。
3つの異なった物語が、弁護士・四ノ宮のように明確な結節点をもったり、きわめて小さな細部で結びついたりして、一個のドラマを形づくる。ロバート・アルトマンを模範例とするこうした作劇術がとくに巧妙なわけではない。そのように一見ゆるく、だらしなくつながる世界のありようが、逆に、妙に濃密なリアリティを生みだすのだ。
とくに凄(すご)いのは、素人とプロの中間というべき3人の主役で、その演技の不思議な迫力に圧倒される。素人に潜在する演技力をここまで引きだした点で、監督の演出力にも驚かされる。
そして、個々の愛の物語をこえて、ここには現代日本の絶望感が息苦しいまでにみなぎるが、ラストの船からの眺めの連続に、解放感と希望がかいま見える。2時間20分。
★★★★
(映画評論家 中条 省平)
[日本経済新聞夕刊2015年11月6日付]
★★★★☆ 見逃せない
★★★☆☆ 見応えあり
★★☆☆☆ それなりに楽しめる
★☆☆☆☆ 話題作だけど…
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