老後にアルコール依存症 認知症リスク高く退職・死別きっかけ、兆候あれば早期治療 家族の支援大切

男性を中心に高齢者のアルコール依存症の問題が深刻になっている。定年退職や配偶者との死別をきっかけに酒量が増え、依存症に陥るケースが多い。若いときと違って、高齢者では認知症や体の衰えにつながる危険もあり、家族の負担も重くなる。どんな人がどんなきっかけでなるのか。

「仕事を離れて打ち込むものがなくなり、酒に走ってしまった」。静岡県在住の70代男性は振り返る。中学校の校長を勤め上げ、60歳の定年退職を機に酒量が増え始めた。夕方から飲み始め、夕食を挟んでまた飲む。現役時代は1日1合だった日本酒が3合を超えた。酒気帯び運転で近所の家のフェンスを壊し、妻からもいさめられたが、無視して飲み続けた。

■仕事熱心なほど

転機は3年前の正月。真っ昼間から飲むうちに体がけいれんし、救急車で運ばれた。入院した病院でも3日連続でけいれんを起こし、意識が飛んだ。「飲んだらまた同じことになるよ」。医師の言葉で断酒を決意。アルコール依存症の仲間と体験を語り合って自分を見つめ直し、3年半にわたり酒を断っている。今は地域のボランティアや家庭菜園など新たな活動に精を出す。

昔はアルコール依存症は中年の問題だったが、今は高齢者に目立つ。アルコール依存症の専門治療施設として日本最大の久里浜医療センター(神奈川県横須賀市)の新規患者に占める65歳以上の割合は、2012年に過去最高の24.3%に。10年間で9ポイント上がり、65歳以上人口の伸びを大きく上回っている。

「仕事熱心な人ほど依存症になりやすい」と語るのは全日本断酒連盟の大槻元副理事長。仕事一筋で趣味もない人は、定年退職するとやることがなくなる。地域に友人もいないため、ついつい酒に走りやすい。もともと現役時代から酒でストレスを解消している人ほど危ないという。定年後は家族も注意しなくなり、ブレーキがかからない。

高齢者のアルコール依存症は危険だ。「体の衰弱や認知症のリスクが高まる」(久里浜医療センターの松下幸生副院長)ためだ。もともと体の機能が衰弱し始める年代。酒びたりで運動や栄養が不足すると、筋肉や脳の衰えに拍車がかかってしまう。介護が必要になれば、周りの家族には大きな負担だ。

■きっぱりと断る

アルコール依存症かもしれないと思ったら、なるべく早く専門医にかかることが必要だ。依存症のチェックリストを参考に自分や家族に心当たりがないか確かめよう。昔は「アル中」と呼ばれ、だらしない人の病気と思われがちだったが、「もともとアルコールは依存性のある物質で、誰でも依存症になりうる。気持ちが弱いからなるのではない」(厚生労働省の松崎尊信・依存症対策専門官)。

依存症を治すために、どうやって酒を断つのか。「だんだん手の震えがひどくなり、字も書けなくなりました」。断酒連盟が全国各地で開く会合では、20人ほどの依存症経験者や家族が体験を語る。記憶が薄れていた苦い過去を思い出して、自分の行いを見つめ直す。同じ苦しみを味わった仲間どうしで励まし合い、一緒に断酒を続けられるようになるという。

実践的な訓練も必要だ。「おい、1杯くらい付き合えよ」「酒はやめたんだ。もう飲まないよ」。久里浜医療センターでは、医師と患者の間でこんなロールプレイングを行う。誘われたときにあいまいに断ると、うっかり飲んでしまうことがある。はっきりした口調で断ることが必要だ。

いったん依存症になると、生涯にわたって断酒を続ける必要がある。本人の努力とともに、家族や周囲の応援も欠かせない。

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社会的損失は年4兆円 厚労省推計、たばこに迫る

アルコールによる社会的損失は年間4兆円――。厚生労働省研究班の推計によると、アルコール依存症患者の医療費は年約1兆円。依存症による死亡や通院、仕事の効率低下によって失った賃金は約3兆円に上る。合計すると年1兆円余りの酒税収入を大幅に上回り、5兆円前後との推計が多いたばこによる社会的損失に迫る水準だ。

厚労省も対策に乗り出す。2016年度から、患者に身近なかかりつけ医に対して、アルコール依存症などの研修を始める。現在は「医師でもアルコール依存症について熟知している人は少ない」(同省)ためだ。依存症の特徴を学んでもらい、自分の患者に兆候があればいち早く専門医に紹介してもらう。

(山崎純)

[日本経済新聞夕刊2015年10月15日付]

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