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恋する武士 闘う貴族 関幸彦著 平安・南北朝期の記録たどる

2015/10/14 日本経済新聞 朝刊

公家(貴族)は恋愛、武家(騎士)は戦闘、なんとなくそんなイメージが抱かれるのを逆手にとって、あえて、恋愛の武家・戦闘の公家と銘打ったのが著者の趣向といえよう。しかし、夏目漱石の『漾虚集(ようきょしゅう)』に収められている「幻影の盾」などの西洋騎士道物を想起するならば、騎士の恋愛をロマンと称し、もてはやす傾向は洋の東西を問わなかったものと思われる。

(山川出版社・1800円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

従って、日本では中世に貴族が公・武に分れたことで冒頭のような観念が生じたものの、封建制下に於(おけ)る貴族の恋と闘争とまとめて把(とら)えれば、日欧の文化は極めて似通った展開をとげたと言えるのではないか。私が本書を通読して抱いた感想の第一は、ニーベルンゲンの歌やアーサー王物語を反映した漱石の『漾虚集』であり、日欧の奇妙な符合であった。

ともあれ、著者は時代を平安中期から南北朝初期に採り、公武の著名な人物と伝承を配置し、さながら絵巻の如く巧みに描破する。鬼退治伝説の源頼光とその配下の渡辺綱ら四天王あたりから始(はじま)って、源平時代の諸英雄、最後は『神皇正統記』の北畠親房で締め括(くく)る等、筆さばきは見事という外(ほか)ない。また挿絵が豊富にちりばめられており、読者の想像力をかき立てる。

さて「闘う貴族」つまり公家の闘争とは何を指すのか。保元の乱で一方に担がれた悪左府(左大臣)・藤原頼長や、承久の乱で後鳥羽上皇を諫止(かんし)せんとして果さず、討幕院宣を署名して刑死した按察使(あぜち)・葉室光親等、戦乱に係(かかわ)って命を失った公家は多い。

これらは現実の戦闘には参加しないが、加担者として失命した者である。一方で鎌倉末南北朝期は、北畠顕家など公家の身で将兵となって活躍した人物も出てくる。また義経の従者弁慶、また承久討幕の参謀格であった法印尊長のように、僧侶でありながら戦士となった者が多いのも、日本独特であった。

いずれにしても、伝承も含め、おびただしい量の恋愛譚(たん)、闘争譚が残されているのには目を見張らされる。西欧の武勲詩は殆(ほとん)ど修道士など聖職者の手で記録されたが、日本はそうではない。公武問わず貴族はその周辺に至るまでみな文字を書いたし、赤染衛門のような女性まで、歴史叙述に筆を染めた。

和歌を詠めなければまともな恋愛さえ不可能であった。千年前に我々の祖先が仮名文字を発明したことの偉大さは改めて驚かされるし、そのような点に想いをはせたくなるのも、本書の魅力の一つといえよう。

(帝京大学教授 今谷 明)

[日本経済新聞朝刊2015年10月11日付]

恋する武士 闘う貴族

著者:関 幸彦
出版:山川出版社
価格:1,944円(税込み)

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