フード・レストラン

おでかけナビ

福岡の「ごまさば」 マサバなのに さばき立て、特製ダレで

2015/10/7 日本経済新聞 夕刊

 水炊き、もつ鍋、豚骨ラーメン……。博多の名物料理は数あるが、福岡転勤族を驚かせるのが「ごまさば」だ。生のサバに九州特有の甘口しょうゆをベースにしたタレをかけ、ゴマをまぶしワサビを乗せて口に運ぶ。滑らかな食感のサバはかみ応えもあって臭みもない。こんなにすてきな食べ物がなぜ福岡県外では食する機会が少ないのか。

 海の幸が福岡に上陸する玄関口、福岡市の長浜鮮魚市場の近くにある「おきよ食堂」は約70年間ごまさばを提供し続ける老舗だ。朝は6時から舌の肥えた市場関係者の胃袋を満たし、昼時には近所の会社員らで混み合う。この店の1番人気がごまさば定食。炊きたてのご飯とごまさばを交互に口に運べば、魚好きにはもう止まらない。ただ「箸をぐっとこらえて少し残し、最後はぜいたくにお茶漬けにするのも通な食べ方」というのがファンの声。

◇            ◇

ごまさばを提供して70年。「おきよ食堂」の庶民の味に人が集う(ごまさば定食を持つ大将の高嶋氏)

 大将の高嶋季雄氏は「ごまさばは博多の庶民の味。これから秋冬にかけて一番おいしい季節を迎えますよ」と笑顔で話してくれた。最近では訪日外国人の増加で中国や韓国からの観光客がわざわざ繁華街から足を運んで食べに来る。

 サバにはマサバやゴマサバなど種類があるが実は「ごまさば」には「ゴマサバ」は使わない。ややこしいが、「ごまさば」は「マサバ」で作る。マサバにゴマを振って「マサバなのにごまさば」という言葉遊びに好奇心が刺激され、ルーツを調べてみた。

 博多の郷土料理を研究している中村学園大学非常勤講師の松隈紀生氏は「正確な史料はないが、ごまあえに新鮮なサバを入れたらおいしいだろうという発想で江戸の末期ごろから食べられるようになったのでは」と教えてくれた。

◇            ◇

 そもそも「サバの生き腐れ」という言葉があるほど足の早いサバを、なぜ平気で生で食べられるのか。そこには2つ理由がある。一つは良質の漁場が近く、取った魚を半日後には食卓に並べられる恵まれた環境だ。

「はじめの一歩」は提供の直前にゴマをする。円を描くように盛りつける切り身が特長

 博多駅から徒歩圏内の「はじめの一歩」の田中孝子代表は「台風で入荷がないとがっかりされるが、養殖とは味が違うから天然物にこだわる」という。今にも跳びはねそうなきれいな切り身の見た目が特長の同店のごまさばは、客に出す直前にするゴマの香りとの絶妙な取り合わせで食欲を刺激し続ける。

 もうひとつの理由が食中毒の原因となる寄生虫アニサキスの種類の違いにある。東京都健康安全研究センターが全国のサバを調査したところ、太平洋側の主なアニサキス種は内臓から刺し身部分への移行率が約11%だったのに対し、日本海の主な種は0.1%にとどまった。特に長崎と福岡産のサバは、100%が刺し身部分に移行しづらいアニサキスの種類だった。

 調査を担当した同センターの村田理恵氏から「アニサキスは酢では死なないので、冷凍するか火を通すしかない。生で食べるのはお勧めしない」とくぎを刺された。健康面の自己管理が大切だが、筆者の周囲でサバにあたった話をほとんど聞かない訳を調査結果を見てなんとなく納得してしまった。

「独酌しずく」の新鮮なサバを使ったごまさばや炙り生へしこは絶品だ

 生のサバの特性をいかした「炙り生へしこ」を提供するのが天神駅から少し歩いた場所にある「独酌しずく」だ。へしこは、サバをぬかで1年前後漬ける福井県の名品だが、同店では漬ける期間を1カ月にして、身の柔らかい食感を残す。

 「ゆずすこ」という、タバスコとゆずこしょうを足して2で割った調味料を一滴垂らして食べると、サバの内に内に向かって蓄えられたうまみと芳醇(ほうじゅん)な香りが口いっぱいに広がる。直前まで泳いでいたことを表す「泳ぎさば」を使った刺し身と並ぶ人気メニューだ。

 秋の夜長に日本酒をちびちびやりながら、もしくは濃いめの焼酎をぐびっといきつつ、次の酒に進むために新鮮なサバにぱくつく。当地のぜいたくをぜひ味わいに来ていただきたい。

<マメ知識>カンパチや鯛、代わりに
 福岡で鮮度が高いごまさばを味わうのは魚好きにとっては「至福」と評価も高いが、中には「青魚が苦手」という人もいる。福岡市の「いっかく食堂」は、名物のハンバーグ定食の付け合わせに3割の人が「ごまかんぱち」を頼む。
 刺し身のこりこり感を味わった後にゴマの香りが鼻に抜けていくのはごまさばと同じだ。他に「ごまあじ」や「ごまぶり」のほかタイを使った「ごまだい」を出す店も多い。どの魚が自分の舌に合うのかを見つけるのも楽しみだ。

(西部編集部 平本信敬)

[日本経済新聞夕刊2015年10月6日付]

フード・レストラン

ALL CHANNEL