配偶者のうつ、焦らず見守る 温かな無関心が大事

2015/9/25

安心・安全

うつ病になった夫や妻をどう支えるか。経済的な問題のほか、家事や子育てなど直面する問題は多い。悩みを抱え込み、支える側が一緒に体調を崩してしまうこともある。専門家はうつ病の症状を理解した上で、「距離を置いて見守ってほしい」とアドバイスする。

「帰ったらいなくなってるんじゃないかと不安だった」「ささいなことにイライラしてけんかばかりだったね」。うつ病患者と家族を支援する「うつの家族の会みなと」代表の砂田くにえさんと夫の康雄さん(55)=横浜市=は闘病中をこう振り返る。

結婚してまもなく康雄さんがうつ病を発症。10年間にわたって治療を続けた。一日中家で寝て、話しかけても反応が鈍く怒りをぶつけてくることもあった。

■病気正しく理解

くにえさん自身も、うつ病を患った経験がある。しかし「つらさを知っているのについきつく当たってしまう。どう接したらいいか分からなかった」。

うつ病の配偶者を支えるには病気を正しく理解することが第一歩だ。症状が一進一退を繰り返しながら回復し、抗うつ剤の副作用でイライラすることもあると分かれば少しは受け入れやすくなる。六番町メンタルクリニック(東京・千代田)の野村総一郎所長は「病気の症状だと分かっていても腹立たしくなることもある。いい夫や妻ほど、支えようとして振り回されて疲れてしまう」と指摘する。

講演会でうつ病について説明するMDAの山口代表(9日、都内)

気をつけたいのは「過保護、過関心、過干渉」だ。くにえさんは「薬は飲んだか」「少し運動をしたら」と口を出し、「親子のような関係になり、自律を妨げてしまった」。うつ病は人によって治療にかかる時間が違う。保健師で、特定非営利法人「うつ・気分障害協会」(MDA)の山口律子代表も「温かな無関心で」と距離を置いて見守ることを勧める。

夫が発症した場合は、普段と同じように、小さなことでも意見を求めるようにすることを心がける。「『聞いてもしょうがない』と一人で決めてしまい、家主としての夫の居場所をなくしてしまった」(くにえさん)。冠婚葬祭への出欠や家電の買い替えなどは「~したいけどいい?」と頻繁に相談を持ちかけたい。

一方で治療中に退職や離婚、財産の処分など重大な決断をしてしまい、後悔する人もいる。「大きな決断は避ける」(山口代表)方がよさそうだ。

妻が発症した場合は夫が代わって家事や子育てをする必要が生じる。ただ夫が目の前で家事をする姿を見て、精神的な負担を感じることも少なくない。実家への里帰りや、療養用のストレスケア病棟に入院するのも選択肢だ。

■子供にも隠さず

子供にはうつ病を隠さず伝えることも必要だ。

こころの病を題材にした絵本「ボクのせいかも…―お母さんがうつ病になったの―」(ゆまに書房)は親に元気がなく、疲れやすいのは病気が原因で、子供が理由ではないと分かりやすく説明した。著者の一人で精神科医の北野陽子さんは「家庭で病気をタブーにしないように使ってほしい」と話す。

治療費や休職による収入減も不安だ。精神疾患で通院する場合、市区町村に申し込めば医療費の自己負担が軽くなる制度がある。うつ病に限らず業務外の病気やケガで休職し、給与が支払われない場合、勤め先や健康保険組合で手続きすれば、1年半は賃金の一定割合が支給される「傷病手当」もある。

一番大切なのは、配偶者のうつ病を気にするあまり、自分が参ってしまわないこと。自分の時間や楽しみを持つようにしたい。「本屋や喫茶店に寄り道する」「発泡酒をビールにする」などちょっとしたことでいい。

山口代表は「家族の表情が明るくなれば、それを見る患者の心も軽くなる。うつは必ず治る病気。焦らずに付き合うことが回復の近道になる」と話す。

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気分障害患者 15年で倍 「家族会などで悩み共有を」

厚生労働省によると、うつ、そううつ病など気分障害の総患者数は2011年に95万8千人。1996年に比べて2.2倍に増えた。日本人の約15人に1人が一生に一度はかかる、との研究もある。再発と回復を繰り返して長期化することも少なくない。会社を休みながら元気に旅行に出かけるなど「新型うつ」と呼ばれる症状も指摘されている。

相談窓口は自治体の精神保健福祉センターや保健所などがある。川崎市の場合、区役所の高齢・障害課で保健師やケースワーカーが相談を担当する。精神科医を招いてうつ治療の知識や患者への接し方を学ぶ家族講座も開いている。六番町メンタルクリニックの野村総一郎所長は「家族会でほかの家族に相談したり、悩みを共有したりすることも役立つ」と話す。

(小川知世)

[日本経済新聞夕刊2015年9月24日付]

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