高齢妊娠に運動療法も カウンセラーを上手に活用不妊治療の今(上)

ライフスタイルの多様化や医療技術の進展などに伴い、男女とも不妊治療が増え、体外受精で生まれる子どもが増加を続ける。不妊治療が長引くと心身の負担も大きくなりがちだ。一般に難しいといわれる高齢で妊娠に成功したとしても、健康な子どもを産めるか、元気に育つかと不安は尽きない。母子ともに健康でいられるような不妊治療はどうすれば実現できるのか、模索が続く。不妊治療の今を2回にわたり報告する。
ウオーキングマシンで体を動かす指導もしている(HORACグランフロント大阪クリニック提供)

「少し体を動かしてみませんか」。HORACグランフロント大阪クリニック(大阪市)の森本義晴院長は「他のクリニックで妊娠できなかった」と来院する女性に、ウオーキングマシンに乗るよう勧めることが多い。運動不足の人が目立つためだ。

来院者の4割は40歳以上で、不妊治療の対象としては高齢の部類に入る。女性の卵子のもとになる細胞の数は年齢とともに減り、良質な卵子が得にくくなる。体調維持だけでなく、卵子の質に密接にかかわるとされるミトコンドリアを活性化させるためにも運動は大切だという。

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運動カウンセラーが「ミトコンウオーク」と名付けた歩き方を指導する。深呼吸後に5分ストレッチ運動をし、15分早歩きした後、10分かけて徐々にペースを落とす。心理、栄養面などのケアも含め「人間の体を全体としてとらえる統合医療」を充実させ、不妊治療の効果を上げようと狙う。簡単な運動器具と専用スペースを設けたクリニックは増えており、治療成績との関係を示すデータの収集が進みそうだ。

不妊治療は年齢とともに妊娠率が下がるので、特に40歳前後より高齢だと時間との闘いでもある。いかに早く妊娠につなげるかを考え、高刺激法を使うクリニックも多い。

排卵誘発剤などを積極的に注射し、できるだけ多く採卵できるようにする。何度も通院が必要で、仕事を断念する人もいる。それでも必ず成功するわけではない。妊娠に至っても流産し、焦りを強める患者もいる。

東京HARTクリニック(東京・港)の岡親弘院長は治療法や効果など「わからないことはどんどん聞いてほしい」と話す。とはいえ、多くのクリニックは予約しても2、3時間待ちはざら。医師にも余裕はなく、じっくり話すのは難しい。

不妊に悩む人たちを支援するNPO法人Fineの松本亜樹子理事長は「神にすがる思いで医師の指示に従い、注射などで具合が悪くなってもがまんして治療を続ける人が多い」と打ち明ける。

クリニック主催のセミナーなどで、体外受精の基礎知識をあらかじめ身につけておけば、医師にポイントを押さえた質問がしやすい。クリニックによっては専門のカウンセラーがいるので、上手に活用したい。

「仕事を辞め、子どももできない。私の社会的価値はない」。東京HARTクリニックの生殖心理カウンセラーで臨床心理士の平山史朗氏は、こんな思いを打ち明けられることがある。流産しても悲しんでいる暇はない、と治療回数を重ね、行き詰まりを感じている人にとって治療の「終わり方」は特に難しい。自分にとって何が大切かを考え、納得したうえで決められるよう話し合うという。

平山氏は不妊治療には妻だけでなく「夫婦で取り組む意識が大事」とも指摘する。夫婦間でコミュニケーションがとれ、夫が心理的に寄り添って話をきちんと聞けば妻も悲しみを外に出せ、追い詰められずにすむ。

妊娠後、どこで出産するかも悩みの種だ。高齢なほど出産に伴うリスクが高く、新生児集中治療室(NICU)などがあると安心だ。吉村泰典・元日本産科婦人科学会理事長は「不妊治療を受ける前に内科を受診し、糖尿病や高血圧などがないかチェックをしてほしい」と呼びかける。こうした症状は母体と胎児の両方に危険を及ぼしかねないからだ。

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「最近は不妊治療機関と周産期医療との交流も増えてきた」(吉村氏)。HORACグランフロント大阪は国立循環器病研究センターなど27機関の産科医らと研究会を開き「何か問題が起きた時に相談できる関係を築いている」(森本院長)。東京HARTクリニックも日本赤十字社医療センターや東邦大学などの大学病院の産科医らと勉強会を開き、出産後の子どもの健康状態の把握をめざしている。

連携病院を確認したり口コミ情報を集めたりして、「ここで出産したいと思う病院を考えておくのもよい」とFineの松本理事長は勧めている。

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着床前スクリーニング 流産減るか研究計画

体外受精した受精卵から細胞の一部を取り出して染色体の異常を調べる「着床前スクリーニング」が米欧で実用化し、日本でも関心が高まっている。高齢で不妊治療を受ける人はせっかく妊娠しても流産率が高い。「流産の苦しみを二度と味わいたくない」「健康な子を産み安心して育てたい」との思いが、ニーズにつながっている。

日本産科婦人科学会は着床前スクリーニングに流産率を下げる効果があるかを検証する臨床研究を計画している。既に複数のクリニックに「受精卵を調べてほしい」との問い合わせがきている。命の選別、男女産み分け、特定の能力に優れた「デザイナーベビー」につながりかねないなど倫理的な問題をはらむが、技術の進歩は止まらない。現実を直視し、最適な使い方を考える必要がある。

(編集委員 安藤淳)

[日本経済新聞朝刊2015年9月13日付]

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