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自筆で遺言 「誰に何を」特定しなければ無効

2015/8/21 日本経済新聞 プラスワン

 月遅れ盆を前に墓参りをした。最近は記者(54)も「終活」を意識するようになり、銀行口座は2つに集約、読みそうにない本や使わないテニスラケットなど、身の回り品の整理を考えている。ほかにできることは――。そうだ、遺言を書いておこう。万一のとき、いろいろな手続きがスムーズにいくかもしれない。

 いざ書こうとして、はたと困った。どんな用紙を使えばいいのか。相続についての相談業務を手掛ける夢相続(東京・中央)代表の曽根恵子さんを訪ねると、用紙に決まりはないそうだ。最近は遺言書作成キットも販売されている。筆記具も指定はないが、年数がたつと文字がかすれて読みにくくなる恐れのある鉛筆は避けた方がいいだろう。

 遺言を書くにあたり、準備としてまず、自分の相続人になるだろう「推定相続人」を戸籍謄本で確認する。

 配偶者は必ず相続人になる。そして第1順位の相続人は自分の子だ。子がいないときは自分の親が第2順位。子も親もいないときは兄弟姉妹が第3順位の相続人になる。異なる順位の人が同時に相続人にはなることはない。記者には妻と子2人がいるので、この3人が推定相続人だ。

 財産をどう分けるのかを指定するのが遺言書だ。自分で書くのが「自筆証書遺言」。公証役場で作成してもらうのが「公正証書遺言」だ。書かれた内容は法律で定める相続割合よりも優先される。

■相続財産はどこ? 目録も一緒に作成

 曽根さんは「自筆の遺言書は簡単なものなら、すぐ書けます」という。「全財産を妻に相続させる」と書いて、日付、署名、押印をすれば遺言書としてひとまず完成だ。

 だが、これだけだと遺族が相続財産がどこにあるか調べなければならない。このため財産目録を作成しておく。「不動産登記簿謄本、預金通帳や生命保険証券などを用意して」と曽根さん。

 記者の財産は自宅マンションと預貯金。マンションの所在地は登記簿にある通り書く。不動産の所在地として住所を使わないのは同じ住所に何軒も家が建っているケースがあるためだ。登記簿ならそれぞれ別の番地になっていて区別できる。

 預貯金は金融機関と支店名、口座番号を書く。「残高は変動するので書かないことが多い」(曽根さん)。保険は自分が受取人の場合、証券番号を記載する。

 遺言書が何枚にもなるときはホチキスなどで留めて契印か割り印をしなければならない。今年から相続税の控除額が縮小したので、どう分ければ負担軽減になるか対策を検討する人も多いだろうが、記者は考えないことにした。

 日付、署名まですべて自筆で書いた。そうしないと無効になる。最後に押印する。途中、マンションの専有面積の数字を間違えて書き直したが、完成まで1時間もかからない。遺言書を曽根さんに見てもらうと「これでは遺言になりませんね」。

 書いた文言は「全財産を妻に委ねる」。妻に、子2人の分も含めて財産の分け方を決めてほしいと思った。しかし、「委ねる」や「任せる」という文言は、分け方を指定していないので無効だという。

 弁護士の梅原ゆかりさんによると、遺言は「〈誰〉に〈何〉を相続させるのか特定しないといけない。公証役場で作成すれば、あいまいな文言はその場ではじかれるので確実だ」。

■子の遺留分を侵害 指摘受け書き直す

 そこで「全財産を妻に相続させる」と書こうと思ったが、子の遺留分を侵害すると指摘された。民法で相続人(兄弟姉妹の場合は除く)には財産の一定割合の取得が保証されており、これを遺留分という。例えば、相続人が2人の娘だけという人が、遺言で「長女に全財産を相続させる」としても、次女は法定相続割合(2分の1)の半分、4分の1の財産はもらいたいと長女に請求できる。

 記者のケースに当てはめると、2人の子はそれぞれ法定割合(4分の1)の半分、8分の1が遺留分にあたる。妻と子が相続でもめてほしくはない。そこで2人の子には8分の1ずつを預貯金で相続させて遺留分の侵害が起こらないようにした。

 あと、自分の場合あまり考えられないが、死後に財産が見つかったときのために「残余の財産はすべて妻に相続させる」との一文を加えた。

 自筆遺言書は相続人でも勝手に開封できない。本人が書いたものか家庭裁判所で調べてもらう「検認」が必要なためだ。遺言者と相続人全員の戸籍謄本などを提出すると、約1カ月~1カ月半後に検認日の連絡がくる。原則、そのとき内容が判明する。公正証書遺言なら検認手続きは不要で、相続人が受け入れれば遺言書の内容を執行できる。

 遺言書は何度でも書き換えられる。預金の残高など相続させる財産の状況も変化するかもしれないので、内容は何年かおきに見直すつもりだ。

梅原弁護士は「自筆遺言書はお勧めしません」と話す
記者が書いた遺言書

記者のつぶやき
■確実さなら公証役場で
 「自筆遺言書はお勧めしません」。弁護士の梅原ゆかりさんはこう話す。あいまいな表
現や文言訂正の不備で遺言の内容が無効になる恐れがあるからという。実際に自分で書いてみたが、字を間違えるなど、なかなかきれいに書けずに面倒だった。政府は遺言書があれば、一定額を相続税の基礎控除額に上乗せする新制度を検討し始めた。費用はかかっても公証役場を利用すると確実だ。
 遺言書の内容が一部の相続人にだけ有利だと、そのために争いが持ち上がってしまうことがあると聞き、複雑な心境になった。日ごろから家族と話し合って、きちんと互いの思いを聞き、伝えておかないといけない。
(川鍋直彦)

[日経プラスワン2015年8月15日付]

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