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千葉・南房総のクジラ漁 400年の伝統地域で守る懐かしの味

2015/8/12

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関東唯一の捕鯨基地がある千葉県南房総市。夏場になると房総半島の沖合で捕獲されたツチクジラが水揚げされ、地元は活気づく。飲食店ではカツや竜田揚げなど多彩な料理が楽しめ、中高年には懐かしい。食卓にのぼる機会がすっかり減ってしまったクジラだが、ここではしっかりと地域に根付いている。

クジラは世界で約80種類が確認されているが、国際捕鯨委員会(IWC)が資源管理のために保護するのはシロナガスクジラなど13種類。ツチクジラは対象外で、国が資源を管理する。成長すると体長は10メートル、体重は11トン前後になる。

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南房総市に拠点を置くのが戦後まもない時期に創業した外房捕鯨だ。クジラを見つけると射程の50メートル以内まで接近し、モリを打つ。いったん潜られると1時間近く浮上しないこともあり、根気がいる漁だ。6~8月に26頭を和田漁港に水揚げする。「捕獲したら17~18時間は海中に寝かせておく。その方が肉が軟らかくなる」と社長の庄司義則さん(54)は話す。

解体は一般公開しており、地元の人や観光客が訪れる。ウインチで引き上げられた姿はさすがに迫力満点。約20人の作業員がなぎなたのような刃物を使って手際よく処理していくが、それでも4~5時間はかかる。牛や豚のように部位による肉の区別はしない。

解体場では一般の人も肉を買える。小売価格はキロ2400円。都内から訪れた会社員の中村浩平さん(35)は3キログラムを購入した。「千葉県出身なのでクジラは小さいころに食べた。久しぶりに刺し身で食べたい」と笑顔を見せた。

JR和田浦駅のそばにある民宿「じんざ」を訪ねた。創業50年の歴史があり、くじら料理が売り物だ。フルコースを注文すると、調査捕鯨で手に入るミンクやナガスの肉も使い、すしや刺し身、カツ、竜田揚げ、焼き肉、ハリハリ鍋と多彩な料理が出てきた。1人前とは思えないほどの量だ。

クジラはカツや竜田揚げ、刺し身、すし、焼き肉、煮物と多彩な料理が味わえる
ツチクジラの肉は黒っぽくて見栄えはしないが、低カロリーで高タンパク(民宿じんざ)

人気があるのはやはりカツと竜田揚げだそうだ。しょうゆやみりん、酒などで下味を付けて揚げるため、臭みは感じない。しっかりした歯ごたえはクジラが哺乳類であることを感じさせる。ツチクジラの肉は黒っぽいため見栄えはいまひとつだが「ほとんど脂がないため低カロリーで高タンパク。毎月、食べに来る常連さんもいる」と主人の石井英毅さん(53)は話す。

和田漁港で水揚げされたツチクジラは一品料理も含めれば多くの飲食店で楽しむことができる。道の駅の「和田浦WA・O!」もそのひとつだ。

建物横には巨大なシロナガスクジラの全身骨格(複製)が展示され、クジラの町であることを実感する。飲食店の和田浜ではクジラを使った定食やカレー、丼ものを手軽に食べられる。

道の駅を管理するNPO法人の小原靖喜さん(61)は「ここに来るのはクジラ漁を応援してくれる人たち。クジラが地域の強みになっている」と指摘する。

クジラの肉は様々な加工食品としても販売されている(くじら家)

道の駅や外房捕鯨が運営する「くじら家」では、大和煮やつくだ煮、ベーコンなど様々な加工品も販売している。価格も500~1000円と手ごろで、ドライブ途中の観光客が買っていくことが多い。

ツチクジラの肉は調理すると台所が汚れやすく家庭では扱いにくい。だが干し肉にしたタレは根強い人気がある。手のひらほどの大きさの肉を7~8ミリの厚さに切り、しょうゆやみりんで作った調味料に30分~1時間漬ける。夏に半日ほど天日で干し、軽くあぶって食べる。クジラジャーキーといった趣だ。調味料は作り手によって変わり、それが家庭の味を作り出す。

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房総のクジラ漁は約400年の歴史がある。江戸時代から肉のほかにも鯨油が農薬に、内臓や骨が肥料に利用されてきた。今でも身近な存在だが、国際的な捕鯨禁止の流れと無縁ではない。「世代交代でクジラに親しんできた人たちが亡くなり、食べる人が減っている」。鮮魚店の「魚伴」を営む信田よし江さん(71)は懸念する。

地元ではクジラに関するセミナーを開くなど、伝統を受け継ぐ地道な取り組みを続けている。「漁をやめたら食文化も一緒に消えてしまう。残す価値は必ずあると思って続けている」。そう言って庄司さんは表情を引き締めた。

<マメ知識>捕獲枠は年66頭
 国内では千葉県と北海道、宮城県、和歌山県に捕鯨基地があり、ツチクジラやオキゴンドウ、コビレゴンドウを国の管理下で捕獲している。これらのクジラは国際捕鯨委員会(IWC)も捕獲を禁止していないため、食材として利用しても問題ない。ツチクジラの捕獲枠は年間66頭ある。
 日本は資源調査のため、IWC管理のクジラの一部については国際捕鯨取締条約で認められた調査捕鯨をしている。条約は捕獲したクジラを有効活用するよう求めており、肉は適正に国内で消費されている。

(千葉支局長 清水省吾)

[日本経済新聞夕刊2015年8月11日付]

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