大阪市に住む40代の男性は長時間スマホを使うと肩や首が痛むようになった。目の疲れも感じるようになり、医師に相談したところ、なるべく長い時間連続して使用するのは控え、首に負担がかからない姿勢で使うよう指導を受けた。
「ここ数年、スマホの使いすぎから体の不調を訴える人が増えてきました」と語るのは、神戸市でリラクゼーションサロン御影フィールを経営する整体師の鄭信義院長だ。
主な訴えは首の後ろ側に突っ張る感じがあり、首の痛みや肩こりがひどい、よく眠れないなど。鄭院長はスマホが原因か判断する13項目からなる「スマホ首」のチェックリストを独自に作成し、3つ以上当てはまればスマホの使いすぎが原因の可能性が高いと判断。使う姿勢や痛みを和らげる運動を勧めている。
スマホで首などの痛みを訴えるのは、利用時の姿勢に原因があるとされる。手に持ったスマホの画面を見るために首を前に倒し、画面の文字を凝視するため力も入る。首は体重の約1割を占める頭を支える。このため頭を前に倒す姿勢をとり続けると大きな負担がかかる。鄭院長は「スマホを使う場合には肘の下に反対側の手を入れたり、両手で持ってワキを締めたりして目の高さで画面を見るようにした方がいい」と話す。
首に痛みを感じるような状態を続けると、首を支える骨である頸椎(けいつい)に問題が起きる恐れもある。病名ではないが、「ストレートネック」と呼ばれる状態になることもある。本来は湾曲している頸椎が真っすぐになったままになる。さらに症状が進むと上半身の活動が不自由になる頸椎損傷になる恐れもある。改善しない場合には医師への相談も必要だろう。
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そもそもIT(情報技術)機器の利用で首や肩の不調を訴えるのは、スマホに限ったことではない。ワープロやパソコンの普及が始まった1980年代から増えている。IT機器の画面を見続けることが原因のため「VDT(ビジュアル・ディスプレー・ターミナル)症候群」と呼ばれる。厚生労働省は労働者の体調管理のため同症候群の予防ガイドラインも公表。連続作業時間を1時間以内にすることなどを求めている。
同症候群の主な症状は目と体、心の3つに分かれる。首から肩、腕、手首などの痛みは体の症状で、目は疲れや痛みのほか、乾燥するドライアイなどがある。心ではイライラしたり睡眠障害に陥ったりする。
眼科が専門で同症候群に詳しい京都府立医科大学の木下茂教授はスマホ特有の問題はあまりみられないとしながら、「子どもの視力低下などにつながる恐れがある」と指摘する。小中学生などはパソコンに比べてスマホを利用する時間が長く大人に比べて問題が起きやすい傾向がありそうだ。
スマホの利用は学校現場で深刻な問題になり始めている。大阪府が2014年7~9月に府内の小中高生約1万5千人を対象に利用実態を調べた。利用する生徒で肩こりなど心身の不調を訴える割合は、ガラケーと呼ばれる従来型携帯電話に比べて約2倍。スマホは高機能で、ガラケーより様々なアプリが楽しめ、ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)で長時間使う傾向も高い。
スマホの利用が平日で3時間以上の学生は53.9%と、ガラケーの約4倍。睡眠時間も短くなり、イライラしたり勉強に対して自信を失ったりする傾向も強い。府青少年課は「生活習慣が乱れる悪循環に陥っている」と分析する。
SNSの利用が「いじめ」の引き金になるケースもある。府の調査に協力した兵庫県立大学の竹内和雄准教授は「正しく怖がらせて賢く使うことが大切だ」と指摘する。不正サイトの閲覧制限(フィルタリング)などの対策も必要だろう。
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医療現場では、ネット依存への対応も始まる。大阪市立大学の片上素久講師は、スマホを使ったネットゲームなどで引きこもりなどになった10~20代の患者を診察。ネットの使いすぎで学校を休んだり、使用を控えるとイライラしたりするなどの回答から依存症の有無を判断している。
片上講師は「家庭や学校などの現実から逃避しようとする気持ちが依存の背景にある」と分析。スマホを取り上げて使用をやめさせると、子どもが激しく怒る場合もある。「利用時間のルールを作るなど親を交えて話し合っていくことが大切だ」と指摘する。
スマホの普及が本格的に始まったのは10年ごろで、まだ様々な問題が報告され続けている。原因の分析や対策は後手に回っている印象もある。ビジネスでも私生活でもスマホを手放すのは難しいが、生活に支障が出ていると思われる場合には、使い方を改めて考えてみることは必要だといえそうだ。
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音楽を大音量で聴き続けると… 難聴になる恐れあり
スマホを含めた携帯音楽プレーヤーなどの不適切な利用によって、世界で約11億人の若者が難聴になるリスクがある――。世界保健機関(WHO)は2月、こうした予測結果をまとめた。
先進国などで生活する12~35歳を対象にした調査で、音楽プレーヤーなどを聴く約半数が安全ではない音量で聴いていた。ほかの音が聞き取りづらい85デシベルを超える大音量で、8時間も聴き続ける場合もあった。
高い音量を長時間聴き続けると聴覚を担う細胞が傷つく。WHOは「気づいた時にはもう聴力が戻らない恐れもある」と指摘する。
WHOは聴力を守るためには、音楽プレーヤーの利用時間を1日1時間以内にするよう提言。スマホでは安全な音量に調整したり、アプリを使って、難聴にならないよう警告を出したりする仕組みを取り入れるよう求めている。
(竹下敦宣)
[日本経済新聞朝刊2015年8月2日付]