美しき廃墟 ジェス・ウォルター著虚実ないまぜ、重層のしかけ

2015/7/13付

なんと、遊び心にみちて人を食った小説だろう。なのに、なんともせつない。愛と戦争と贖(あがな)いといった、普遍的な文学テーマを堂々とあつかっている。

(児玉晃二訳、岩波書店・2400円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

 1962年、イタリアのポルト・ヴェルゴーニャという水路でしか行けない小さな島に、ある「死にかけた」女優がやってきた。彼女は20代の新人。ローマで進行中の映画撮影チームから離れて、ここへやってきたのだが……。彼女、ディー・モーレイに、つましいホテルを経営する青年パスクアーレは、運命のひと目ぼれ! ディーに対してというより、恋に落ちたその永遠の瞬間に焦がれつづけることになる。

 時間軸は主に1960年代のイタリアと現在の米国を行き来し、黄金期ハリウッドと、いまの世知辛いハリウッドをめぐる多面構造を見せる。あるときは劇のスクリプト(台本)風の形式があったり、メモワールがあったり、登場人物が書く小説や脚本なども作中作として挟まったりするし、場所はアイダホやエディンバラにも飛ぶ。ちなみに、ある復員兵による戦争小説の一章は、それだけで独立した傑作と言える。

 物語内では、虚実がないまぜになっている。たとえば、撮影中の映画とは「クレオパトラ」だが、これは1963年公開の歴史大作で、「娼婦にして夫泥棒の」と辛辣に称されたリズ・テイラーと、リチャード・バートンが主演した作(題名の「美しき廃墟」は老いたバートンを評した言葉)。しかしこの映画制作のピンチを救って出世した制作アシスタントのマイケル・ディーンは架空人物。現代を描くパートでは伝説のプロデューサーになっているが、最近は下世話なデート番組のヒットしかない。そこへ老紳士となったパスクアーレが永遠の恋人を探してイタリアから訪れ、ディーンと、彼のアシスタントと、脚本家の卵シェインを加えた四人での捜索が展開する。

 〈ホテル 適度な眺め〉というホテルの名前に、まずクスッと笑ってしまう。イタリアを舞台にした「A Room with A View」(眺めのいい部屋)をどうしても思いだすし、他にも各章題は、なんとなく(もろに)実在の映画を想起させる。「天国の微笑」「グランド・ホテル」「転落の後に」「無限の炎」……。時間操作があってパズルが重層的に解かれていくという手法では、ケイト・モートンのミステリ『秘密』や『忘れられた花園』、また、章ごとに語り手やスタイルが替わるという点では、ジェニファー・イーガンの『ならずものがやってくる』などを好む読者にも、ぜひお勧めしたい。

(翻訳家 鴻巣 友季子)

[日本経済新聞朝刊2015年7月12日付]

美しき廃墟

著者:ジェス・ウォルター
出版:岩波書店
価格:2,592円(税込み)