氷河期以後(上・下) スティーヴン・ミズン著 文明の基礎築いた紀元前歩く

2015/6/24付 日本経済新聞 朝刊

 紀元前二万年から同五〇〇〇年に的を絞っての人類史である。氷河期が終わって地球が温暖化する中で、農耕が始まり、今に続く文明の基礎ができた時期であり、古代ギリシャ、産業革命、原子力時代、インターネットのどれよりもこの時のできごとの方が意義が大きいと著者は言う。このような時代を生きる人々の日々を知りたい、遺跡の羅列でなく物語を語りたいと願った著者は、ジョン・ラボックという現代の若者を有史前へと送りこみ、生活させる(ダーウィンの友人であり「有史前の時代」を著した十九世紀の博識家の名を借りている)。

(久保儀明訳、青土社・各4500円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

 ジョン君は、西アジア、ヨーロッパ、アメリカ大陸、オーストラリア大陸、東アジア、南アジア、アフリカ大陸を巡り生活する。どこにも狩猟採集から定住、植物・動物を利用する農業へという生活の流れがある一方、土地の独自性もある。多様性とその底にある文明形成という共通性とが遺跡での骨や遺物の発見という学問の裏づけの中で語られる物語はみごとである。

 西アジアに具体例を追おう。地中海沿岸にある森林ステップオハロでの狩猟採集民は、オオムギ、エンドウ、レンズマメなどの野生植物、ガゼルやヤギなどの動物と驚くほど多様な動植物と関わっている。少し奥に入ったオーク森林地帯には狩猟採集民が定住していたと思われる集落がある。ジョン君はその堅固な住居、こざっぱりした衣服、多様な食べ物に驚く。しかしここで野生の動植物の過剰消費が始まるのだ。権力も生まれる。人間の性(さが)だろうか。

 紀元前九六〇〇年頃になると農業が始まって本格的な定住となり、七〇軒、一〇〇〇人もの集落も見られる。二階建ての長方形の建物の前で食事づくり、石器やかごや革製品をつくる作業が行われている。新石器時代に入り、地母神の崇拝、絵文字や石柱が見られ、宗教の形が表れる。ところで最後の訪問地トルコには、日常がすべて儀式化され、自然を忌み嫌ったと思われる生活があり、彼は考え込む。自然を信じその一部と見えた有史前の人々のこの姿は何か。今後の研究を待つ課題のようだ。

 世界中で、狩猟採集から農業への移行、定住、祭儀や宗教の誕生などが進められていく様子を読みながら考えさせられるのは、人間とは何か、文明とは何かということである。今私たちも、地球温暖化に直面している。ここでどのような生活を選択するのかを問われている点は、二万年前と同じなのではないだろうか。詳細な記録に基づく物語から学ぶことは多い。

(JT生命誌研究館館長 中村 桂子)

[日本経済新聞朝刊2015年6月21日付]

氷河期以後 (上) -紀元前二万年からはじまる人類史-

著者:スティーヴン・ミズン
出版:青土社
価格:4,860円(税込み)

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