球技の誕生 松井良明著人の移動からスポーツ史再考

2015/6/23

全編を一読し、「球技の歴史研究に、これだけ時間を捧(ささ)げている日本人がいるのか!」と驚いた。書かれている内容は、日本人はおろか、欧州に住んでいる人にとっても初見のことが多いだろう。

(平凡社・2800円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

 著者はこれまでも英国のスポーツ近代史などを手がけているが、本書では冒頭で欧州の様々なスポーツの博物館に足を運び(日本人が初めて来たと歓待してくれた資料館もある)、各国、各地域独自のスポーツを紹介している。

 特に目新しいのは、バスク地方で行われている手を使った球技で、それが今も現存していることだ。また、イングランドと敵対的な歴史を持つアイルランドには独自の競技があり、それが現在も根強い人気を誇っていると書く部分では、著者の熱がこもっている。激しい抑圧や、抵抗の歴史を持つバスク地方、そしてアイルランドで独自のスポーツが盛んなのは、政治とスポーツが密接な関係にあることを示している。

 加えて商業的なつながりも関連性がある。歴史的にアイルランドと交易していたフランス、スペイン、ポルトガルには似たようなルールを持つ競技があり、著者は「人と物の移動が、ヨーロッパ球戯史を再考するうえで重要な視角になることを気づかされた」と書く。スポーツに対する知的なアプローチは、新たな視点を提示してくれる。

 全編から浮かび上がってくるのは「近代スポーツの多くはイングランドで生まれた」という先入観が、必ずしも正しくはないということだ。たしかにルールが整備され、それが交通の発達によって世界に広まったことは間違いない。しかし、イングランドだけでスポーツは整備されていったわけではなく、欧州各国で遊ばれていた球戯が、収斂(しゅうれん)されていったと見るべきだろう。

 ただし、見たことがない競技の紹介が多いため、具体的にどんなゲームなのかがなかなか想像しづらい恨みがある。興味を持ったら、自分で動画サイトを見るなど補完するとより深い読書体験となるだろう。これも、21世紀の読書のスタイルかもしれない。

 私は小学生の時、生まれ育った気仙沼湾の岸壁で「ハンド・ベースボール」(ソフトテニスの球を手で打つ競技)を楽しんだ。場所が狭ければ、三角ベース。こうした創意工夫が数百年前から行われていたことを実感した。

 人間は、手で、足で、そして時には道具を使ってボールと戯れる生き物なのだ。

(スポーツジャーナリスト 生島 淳)

[日本経済新聞朝刊2015年6月21日付]

球技の誕生: 人はなぜスポーツをするのか

著者:松井 良明
出版:平凡社
価格:3,024円(税込み)

今こそ始める学び特集
今こそ始める学び特集