手術のあと 回復早く 総合ケアで負担軽減術前、絶飲絶食期間を短く 術後、積極的に痛みを緩和

開腹手術といえば、絶飲絶食、麻酔が切れた後の強烈な痛みは当たり前、というイメージを持つ人は多いだろう。ただ最近は手術前後のこうした苦痛をなるべく抑え、患者の負担を軽減する取り組みが出てきた。「術後回復能力強化プログラム」などと呼ばれ、術後の体力回復を早めて入院期間を短くすることにもつながるという。

大阪府内に住む男性(48)は今年5月、肝臓にできた腫瘍を除去する開腹手術を、関西医科大学枚方病院(大阪府枚方市)で受けた。手術が終わった後、1日3回服用する痛み止めを処方された。

以前に別の病院で手術を受けた際には痛み止めの薬はほとんど処方されなかった。「やせ我慢をせず『痛いから何とかしてくれ』と医師や看護師に言える雰囲気はありがたかった」と男性。術後の歩行訓練や就寝前にも痛み止めを服用できたため、「全体的に入院生活は楽だった」と振り返る。入院期間は14日ほどで一般的なケースより2日ほど短かった。

■欧州から各国へ

これまで医療現場では病気の治療が優先され、手術後の痛みは放っておかれることが多かった。痛み止めを処方しても服用したかなどの管理を十分行わない医療機関もあった。関西医大の海堀昌樹准教授はこうした対応を疑問視し、「術後の痛みを緩和することは患者の体力回復につながる」と指摘する。

海堀准教授が積極的に痛み止めを処方した患者とそうでない患者各30人について術後の回復を比較したところ、痛みを緩和したグループは手術後の食事の量が多く、1日に歩ける量も増える傾向が出たという。

神奈川県立保健福祉大の谷口英喜教授によると、手術を受ける患者の身体的負担を軽減する「術後回復能力強化プログラム」の考えは、2000年代以降に欧州から世界各国に広がった。入院期間を短縮して医療費の削減につなげる狙いもある。

プログラムの内容は手術前の食事から投薬、手術中の麻酔や点滴、手術後のリハビリまで多岐にわたる。

■2時間前まで水分

プログラムの有用性を調べる日本外科代謝栄養学会ワーキンググループの臨床試験に参加している東邦大学医療センター大森病院(東京・大田)の鷲沢尚宏准教授らは、手術前後の食事を重視する。これまでは手術前日から食べ物も飲み物も口にしないのが一般的だったが、開腹手術の2時間前まで水を飲め、食べ物も6時間前まで口にできるという。

絶飲絶食は、麻酔導入時の嘔吐(おうと)による肺炎を防ぐのが理由だ。ただ最近の研究では、絶飲絶食の期間を短くしてもリスクが変わらないことが分かってきたという。

プログラムを患者に説明する東邦大学医療センター大森病院の鷲沢尚宏准教授(右)ら(東京都大田区)

事前に水分を取ることで、手術中に水分を補給するための点滴量を適正にできる利点もある。点滴量が多いと手術後に食事をとりにくくなる。手術翌日から食事をすることで、「より早く手術前の身体能力に戻ることができる」(鷲沢准教授)。リハビリにも早く取り組め、入院日数が減る効果が期待できるという。

プログラムの効果を上げるには、「管理栄養士や理学療法士など多くの職種の人の協力が必要」(日本外科代謝栄養学会理事長の福島亮治帝京大教授)で、チーム医療が欠かせない。入院日数が短くなることで不安を感じる人もいるといい、患者側の理解も欠かせない。

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入院日数や医療費抑制 日本では限定的? 手術細やか 少ない自己負担額

術後回復能力強化プログラムにより患者自身は体力回復までの期間が短くなり、早期の職場復帰が可能になる。医療機関側にとっても、退院が早くなることで、より多くの患者を受け入れることができるようになるメリットがあると考えられている。

ただプログラムが考案された欧州と日本とでは、手術に対する考え方の違いなどから事情が異なる面もある。

入院日数の短縮については、すべての手術に当てはまるわけではない。神奈川県立保健福祉大の谷口教授によると、部位や術式で異なり、食道がんの手術ではプログラムの導入で30日の入院期間が20日程度になる一方、胃がんだと8日が7日になる程度だという。

また日本の医師は一般的に手術が欧州より細やかといい、患者の体力低下の割合が少ない。このためプログラムを導入しても、劇的に回復度合いが早くなる、といった効果はないという。医療費削減の効果についても、もともと高額の米国などと違って自己負担額が少ないため、患者本人が効果を実感しにくい面がある。

(新井重徳)

[日本経済新聞朝刊2015年6月21日付]

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