胃の病気、治療法が進化 酸分泌抑える新薬登場

胃潰瘍や十二指腸潰瘍、逆流性食道炎など胃の周辺の病気の治療法が進歩している。より強力に胃酸の分泌を抑える新薬が登場。予備軍を含めて1500万人が悩むと推定される逆流性食道炎の治療期間を半減できるほか、胃がんの原因にもなるヘリコバクター・ピロリ菌を取り除く効率をアップさせるという。負担の少ない鼻からカメラを入れる最新内視鏡検査なども活用し、早期発見・治療につとめたい。

武田薬品工業と大塚製薬は今年2月、胃酸過多で起きる胃潰瘍、十二指腸潰瘍、逆流性食道炎などの治療薬ボノプラザンを発売した。胃酸の分泌を抑えるプロトンポンプ阻害剤(PPI)と呼ばれる従来薬と作用の仕方が違うため、兵庫医科大学の三輪洋人教授は「弱点を補う新薬として期待されている」と説明する。

胃壁の細胞は食物を消化する胃酸を作る。胃酸が過多になって胃や壁を守る粘膜が傷つき、組織の一部がなくなるのが胃潰瘍だ。胃酸が上部の食道や下部の十二指腸に流れ出るとそれぞれ炎症が起きる。

PPIは服用したあと、体内で代謝されて生じる物質が、胃の細胞の中の胃酸を送り出す酵素の働きを阻害して分泌を抑える。効果は高いが、作用するまでに3~5日かかり、しかも効き方には個人差がある。

新薬のボノプラザンはカリウムイオン競合型酸分泌抑制剤と呼ばれる。胃の細胞の中の酵素に存在するカリウムイオンと競合して胃酸の分泌を直接阻害するため、服用して数時間で効き目が最大となり、多くの人に効きやすい。患者が急増している逆流性食道炎の治療期間をこれまでの半分の4週間にできるほか、胃の中のピロリ菌の除菌の効率を上げるという。

ピロリ菌は抗生剤で死滅させるが、抗生剤の作用を高めるために胃酸を抑えるPPIを使っている。ところが、保菌者の多くが風邪などで抗生剤を飲み続けた結果、ピロリ菌が耐性を獲得。当初8割あった除菌の成功率が7割ぐらいに低下した。ボノプラザンはPPIよりも強く胃酸を抑えるため、成功率は9割以上になるという。

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ピロリ菌の怖さは潰瘍に引き続き、がんを引き起こすところにある。ピロリ菌は1983年にオーストラリアの学者が発表し、慢性胃炎や胃潰瘍の病原体と提唱した。その後、胃がんの原因になることも判明。2000年ごろから胃炎や胃潰瘍の患者には積極的に抗生物質を投与するピロリ菌の除菌療法が普及した。病原説がまだ確立していなかったころに、自らも半信半疑で除菌した経験を持つ慶応義塾大学医学部の鈴木秀和准教授は「十二指腸潰瘍の痛みがウソのように楽になった」と効果を語る。

国内の保菌者は約6000万人といわれ、60代以上では7割以上にのぼる。1960年代ごろから、直接井戸水を飲まなくなるなどの公衆衛生の進歩で20代だと2割以下まで下がる。ただ、保菌者の1000人中3人程度が胃がんになるとされているため、兵庫医大の三輪教授は「胃痛があってもなくても、特に中高年は検査したほうがいい」と強調する。

検査法も進んでいる。慢性的な胃もたれを感じる50代後半の記者は鳥居内科クリニック(東京・世田谷)を受診した。胃カメラよりも検査時の苦痛や負担が少ないという経鼻内視鏡を選択。鼻に麻酔が効くのに30分ほどかかるが、胃カメラと違って医師と会話しながら検査を受けられる。

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10分程度の検査の結果、ピロリ菌は検出されなかった。しかし、鳥居明院長から「軽い逆流性食道炎のほか、胃と十二指腸にも炎症があり、現代人に典型的な症例」と診断された。

実は胃潰瘍になる患者は減っている。逆流性食道炎はその代わりに増えている21世紀の病気だ。胃壁は粘液などで胃酸から守られているが、胃のすぐ上にある食道下部は無防備で、胃酸がさかのぼることで慢性的な炎症が起きやすい。胸焼け程度の不快さなので、気づきにくいのが特徴だ。

逆流性食道炎も放置すると、胃酸の刺激で表面の細胞ががんになる恐れがある。現在、日本人の食道がんは食道の中程から上にできるものが多いが、欧米では逆流性食道炎が引き金となるタイプが多い。食生活の欧米化で日本でも増える懸念があるという。

こうした症状は投薬以外に日常の注意で抑えることができる。暴飲暴食を慎むのはもちろん、胃酸過多を招く脂肪やたんぱく質の取り過ぎには気を付ける。食事の時間も重要だ。「食後2時間以内に寝ると胃酸が食道に上がりやすいので避けてほしい」(鳥居院長)

胃炎や胃潰瘍は、ストレスが引き金になると考えている人も多いだろう。しかし、他の病気の治療薬による副作用とピロリ菌以外の胃の炎症がある患者は減る一方。「胃潰瘍も減っており、ストレス性の胃潰瘍は非常に少ない」(三輪教授)という。

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胃もたれ…異常見つからず 神経の乱れの可能性 ストレス・知覚過敏が影響

胃もたれやみぞおちなどの痛みを感じて内視鏡検査をしても、異常が見つからない患者が増えている。これは「機能性ディスペプシア」という病気の症状で、大きな病気にはつながらないが、不快なことに変わりはない。慶大の鈴木准教授は「眠いのに眠れない不眠症と同じように、自律神経系の病気の一種」と言う。

胃にはたくさんの神経が張り巡らされており、食事の後に胃を動かして消化した食物を十二指腸にリズミカルに送り出す。ストレスなどのために一連の消化の動きが乱れ、不調を訴える信号が脳に出続ける。これが機能性ディスペプシアだ。胃の知覚過敏が不快感を助長することもある。

治療にはPPIなど炎症を抑える薬ではなく、胃の運動を促す薬や胃を膨らませる薬、さらに漢方薬も処方される。適度な運動で体調を整えることもよい。機能性ディスペプシアの症状であっても、ピロリ菌がある場合、除菌すると症状が改善するという報告もある。

(池辺豊)

[日本経済新聞朝刊2015年6月21日付]

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