アート&レビュー

音楽レビュー

桑原あいトリオ・プロジェクト 深い叙情響かせたピアノ

2015/6/29 日本経済新聞 夕刊

 音楽は時代とともに移り変わる。それを簡単に進歩としてとらえられないのは、一方で失われるものもあるからだ。ジャズの新しい世代が少し前の時代の音楽に向き合うときも、そんな時代の衝突のようなことが起こる。新しい感覚のオリジナル曲でエネルギッシュに突っ走ってきた桑原あいのトリオが、最新作で誰もが知っている曲を取り上げ、思わぬ方向に動き出した。

4作目のアルバムを発表した23歳の新星=写真 米田 泰久、提供 コットンクラブ

 美しいメロディーは誰が歌っても美しいのは当然だが、アンコール冒頭の「アマポーラ」を静かに奏でる桑原のピアノは、この企ての心が伝わってくるような深い叙情を響かせた。他のビートルズやデイブ・ブルーベックなどの名曲の幅広い選曲も、シンプルに楽しく美しいメロディーばかりで、桑原の率直な歌への眼差(まなざ)しは、時代とは無縁といいたくなる。メンバーもそうした桑原の意図をよく理解しているようだが、今回はもう一人ゲストでアコースティック・ベースが入り、その世界はさらに補強されている。

 もっとも、桑原あいに期待するものはそれだけではない。繊細なメロディーの奥にあるものは、やはり表現者の美意識の深さのようなものと関わってくる。キース・ジャレットやビル・エバンスのような名ピアニストを引き合いに出すのは酷かもしれないが、微妙な音を、さらに奥深く造形してこそ、人々を優しく打ちのめすようにして、その世界の虜にさせる。

 アンコールの後半、「デボラのテーマ」の美しい和声は、そんな夢の世界のとば口に人々を誘った。新しいメロディーの語り手が背負うものは重いが、視野が広く、柔軟な彼女のような才能が登場したことは、何とも楽しい。8日、コットンクラブ。

(音楽評論家 青木 和富)

エネルギッシュな演奏から一転、美しいメロディーを静かに奏でる=写真 米田 泰久、提供 コットンクラブ
気心の知れたメンバーたちが桑原の新しい企てを支えた=写真 米田 泰久、提供 コットンクラブ

【関連キーワード】

桑原あい

アート&レビュー

ALL CHANNEL