病気のなりやすさ判定 遺伝子検査の効用と限界不安を契機に、生活習慣見直し

究極の個人情報である遺伝子を調べて、自分の体質や病気のなりやすさを判定する個人向け検査サービスが拡大している。医療機関を通さずに受けるものから、血液でがんなどの発症がどれだけ迫っているかを調べる踏み込んだ検査も登場している。これらを有意義に利用するには、その効用と限界を知っておくことが必要だ。

医療機関を通さずに個人が企業から検査キットを買って実施する遺伝子検査への参入が昨年から続出した。既存会社のサービス拡大や、ヤフーやDeNA(ディー・エヌ・エー)などのインターネット企業の参入が話題を呼んだ。

各社は1万~5万円程度で検査サービスを用意。がんや、糖尿病、高血圧、心筋梗塞、メタボリック症候群のなりやすさといった判定項目をそろえている。唾液などをとって送ると、数週間で結果を通知。薬局・薬店やスポーツクラブなど取扱窓口も増えている。

サービスの多くは、細胞の中のDNAを取り出し、配列にわずかに含まれるSNP(一塩基多型)と呼ばれる個人差を調べている。この違いによって、髪の色や酒の強さ、薬の効きやすさといった体質に差が出ることがあり、様々な病気についてSNPと発症率の関係が研究されている。

各社はこうした学術的な知見を根拠にして、SNPの違いによる「病気のなりやすさ」を計算して利用者に通知している。ただ、ヒトのDNA配列は生涯不変だが、判定基準は将来変わることがある。また、根拠とする論文や説明方法の違いから、同じ種類の検査結果がサービスによって食い違うこともある。

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遺伝子検査への関心が高まったきっかけは、女優のアンジェリーナ・ジョリーさんが2013年に遺伝子検査で「乳がんになる確率が87%」と診断され、予防的に乳房切除手術を受けたことだ。遺伝子検査と聞いて、同じような感覚で関心を寄せる利用者も多い。

しかし、昨年8月にサービスを始めたDeNAライフサイエンスの大井潤社長が「単一遺伝子疾患や家族性腫瘍に関する検査はしない」と言うように、今の日本の個人向けサービスが提供しているのは、遺伝子の違いと病気との関係が本来薄いものばかり。遺伝要因より環境や生活習慣が発症につながる病気が多い。

同社を含めた各社は、遺伝病などの病気の診断には踏み込まないとしており、判定結果をもとにした生活習慣指導などヘルスケア事業への展開を重視している。収集した個人の遺伝子データを了解を取って、医学研究に使う準備をしている企業もある。

DeNAライフサイエンスの場合、当初検査項目に入っていたブルガダ症候群(心疾患の一種)と骨髄増殖性疾患の2つを除外した。これらの病気は遺伝的要因が強いという報告があり「誤解が生じかねない」(同社)と判断した。

一方、同じ遺伝子検査でも、もともとの遺伝子タイプでなく、その人の生活習慣などによる遺伝子の働き方の変化などを調べることで、がんや認知症などの発症リスクを詳しく調べる技術が登場。個人向け検査の分野に広がり始めている。

東京都港区にある赤坂AAクリニックでは、詳細な「がん遺伝子検査」を受けることができる。検査会社のジーンサイエンス(東京・千代田)が受託する「CanTect」という検査だ。がん増殖に関連した遺伝子の働き具合や、がん抑制遺伝子がメチル化という仕組みで効かなくなっていないかを調べる。

検査には採血が必要で費用は約20万円。高リスクと判定した人には、食事などの生活習慣やサプリメント利用などを指導する。森吉臣院長は「家族が若くしてがんになり心配になった人などが検査を希望してくる。中国から受けに来る人も多い」という。

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国内の遺伝子検査サービスの「手本」とされる米グーグル傘下の23アンドミー(カリフォルニア州)は、13年に米食品医薬品局(FDA)の警告を受けてサービスを中止していたが、2月に遺伝病の「ブルーム症候群」の判定に限って事業を再開した。遺伝との因果関係が明確な病気に絞って再出発する形となる。

国内では個人向け遺伝子検査について、医学界から「判定の根拠がはっきりせず不安をあおるビジネス」といった批判が出た。業界では事業者の認証制度をつくる準備を進めている。

だが検査を受けた人が不安をきっかけに、生活習慣を見直すことになればいいという考えが成り立つし、技術の進展に伴って遺伝子検査でわかることは増える。遺伝子検査がどう定着していくのか見守りたい。

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「肺がんリスク0.8倍」でも…喫煙すれば数倍に

個人向け遺伝子検査サービスでは、病気のかかりやすさについて、「前立腺がんになるリスクは平均の1.38倍」というように示される。これは平均的な発症リスクを1とした場合に、その人が属するSNPのグループの発症率が1.38倍であることを意味している。

1.38という数字もグループ内の平均であり、グループにはこれより発症リスクが高い人も、逆に低い人もいる。検査を受けた個人特定のリスクがわかるわけではない。また、平均よりリスクが高いといっても、病気になる人自体が少ない場合は、あまり気にする必要はないといえる。

検査数値は環境要因を除外して算出している。肺がんについて「リスクが0.8倍」という結果が出たとしても、喫煙習慣によって肺がんのリスクは数倍に高まるとされる。遺伝要因によるリスクが平均よりも低くても、喫煙をする人にとってはさほど意味のない数値となる。

(編集委員 吉川和輝)

[日本経済新聞朝刊2015年6月7日付]

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