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北九州の煮魚 ぬか床がミソ 酸味じわり うまみ呼ぶ

2015/6/3 日本経済新聞 夕刊

ぬかみそといえば、キュウリなどの野菜の漬物を作るぬか床が思い浮かぶ。普通はそれ自体を食べようとは思わないが、イワシやサバなどの青魚と煮込む料理がある。北九州市の小倉地区を中心に江戸時代から伝わるとされる郷土料理「ぬか炊き」だ。甘辛さの中にほんのりとした酸味が漂う素朴な味わいが青魚のうまみを引き出す。

3代守り続けているぬか床を毎日かき混ぜて手入れする宇佐美久子さん(宇佐美商店)

ぬか炊きは「ぬかみそ炊き」や「糂汰(じんだ)煮」とも呼ばれ、「糂汰」はぬかみそを指す古い言い方という。ぬかみそは精米する時に出るぬかに塩と水を加えて乳酸菌で発酵させたもので、主に野菜を漬けるぬか床として利用される。

そのぬか床にさらにサンショウの実や唐辛子などの香辛料、昆布まで加えてうまみを引き出そうとするなど家庭や店ごとに工夫するのが小倉流。青魚をしょうゆやみりんで煮込む際、自家製のぬかみそを調味料として一握り加えることでこだわりの味が生まれる。

本来は家庭料理だが、最近はマンション住まいでぬか床を持たない家庭が多くなったことから食品店などで売られるようになったという。JR小倉駅にほど近く、昭和の雰囲気が残る旦過(たんが)市場には自家製のぬか炊きを売る店が集まっている。

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その店の一つ、宇佐美商店では昔ながらの木製のおけを使い、3代約100年にわたって守り続けてきた「百年床」でつくったぬか炊きを販売する。今では木のおけを使う店は少なくなったという。

「木は水分を吸うのでぬか床が管理しやすいが、酒だるを再利用したものだけに入手しにくい」と店主の宇佐美久子さん(64)。「最近の夏季は暑さが厳しく、ぬか床の発酵が進み過ぎて酸っぱくなってしまう。大きな木のおけなので冷蔵庫に入らず、管理が大変」と苦笑する。

価格はイワシで1匹200~350円、サバで1切れ250~300円で、一見すると赤味噌で煮た魚のよう。食べてみると味噌のような強い風味はない。甘辛く味付けされ、かむたびに口の中に魚のうまみがじわりと広がる。ぬかみそ独特のにおいも気にならず、イワシなら骨まで柔らかく丸ごと食べられる。

イワシのぬか炊き定食を手にする女将の矢野寿美子さん(味処 矢野)

こうした専門店での販売に加え、看板メニューにする飲食店も増えている。小倉駅新幹線口の近くにある和食店「味処(あじどころ) 矢野」では、昔ながらの家庭の味にこだわったぬか炊き定食を味わえる。

ランチは、ぬか炊き定食として、サバ(680円)やイワシ(780円)などを用意。市内で食べられるぬか炊きに比べてしっかりとした酸味が残り、サンショウが効いて後味もさっぱりしている。

女将の矢野寿美子さん(64)は「刺し身にできるほど新鮮な魚が手に入らなければぬか炊きも店で出さない」と説明。「砂糖を少なめにして、野菜を漬けたぬか床と魚のうまみがしっかりと感じられるように仕上げている」と話す。

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パッケージを工夫し若者にもアピール(まいこのぬかだき)

一方で小倉の伝統的な味を若者にもアピールしようと取り組む店も登場した。専門店「まいこのぬかだき」はフランスパンに挟むなどの新たな食べ方を提案するパンフレットを作製。おしゃれなパッケージにして気軽に手に取ってもらえるように工夫した。

江戸時代、細川忠興が豊前国(現在の北九州市から大分県中津市にあたる地域)を治めていた時に小倉に伝わったというぬか漬け。その後の国替えで1632年に豊前小倉藩主となった小笠原忠真が奨励したことで広まったとされる。

だがぬか炊きのルーツは定かではない。北九州地方の歴史に詳しい元学芸員の永尾正剛さん(68)によると、ぬか床を食べる料理は細川氏が国替えで移った熊本にも小笠原氏が以前に治めていた信州・松本にもなく、新鮮な青魚がとれた小倉で発展した料理と考えられるという。

日本の近代化の一翼を担った工業都市へと変貌した北九州で、変わらずに愛されてきたふるさとの味。出張や観光で訪れた折には、北九州人の人柄を映すような素朴な味わいを楽しんでみてはいかがだろうか。

<マメ知識>手作り派に向け講習会
北九州市内では専門店がぬか炊きなどを販売するだけでなく、自宅で作りたいという人向けの講習会も盛んだ。ぬか床専門店「槇乃家(まきのや)」では、店内で少人数の講習会を開いている。会費は材料費を含め3500~4000円。ぬか床づくりやぬか炊きの調理法を約2時間かけて教えるほか、市内を中心に出張講習にも応じる。
和食店の「味処 矢野」もぬか床教室を随時開催する。行政では、北九州市が地元の食文化を全国に発信しようと、今秋に東京都内で講習会を計画している。

(北九州支局長 青木志成)

[日本経済新聞夕刊2015年6月2日付]

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