ヘイト・スピーチという危害 ジェレミー・ウォルドロン著放置できないとの良心を論理化

2015/6/3

ヘイト・スピーチを規制する法律が、英独仏など多くの先進国で制定されている。でもアメリカ合衆国と、日本には存在しない。本書は主にアメリカを念頭に、ヘイト・スピーチを法律で規制すべきかを考える。

(谷澤正嗣・川岸令和訳、みすず書房・4000円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

 著者ウォルドロンは法哲学の専門家。まず、これまでの議論を整理する。アメリカで議論が分かれるのは、合衆国憲法修正第一条が「言論の自由」を保障しているからである。「私はあなたの言うことを憎むが、あなたがそれを言う権利は死んでも守る」。これはヴォルテールの言葉としてよく引用されるが、著者によると、本人はそんなことを言っていないらしい。ともかく、差別偏見をむき出しにしたヘイト・スピーチのなかみには反対でも、言論としては法規制すべきでない、という議論が成立することになる。

 そういうなかから本書が取り上げるのは、アンソニー・ルイスの『敵対する思想の自由』、エドウィン・ベイカー、ロナルド・ドゥオーキンら、代表的な人びとの議論である。これらを吟味し批判するなかから明らかになる著者の考えは、こうまとめられるだろうか。

 言論は、無制限に自由なわけではない。名誉毀損など、特定の個人に被害を与えることは許されない。では、不特定のマイノリティ集団に向けたヘイト・スピーチ(例えば、黒人はアフリカに帰れ、みたいな)は、被害が個人として特定できないから、言論として自由なのか。いや、そうではない。実は、重大な公共の利益が損なわれている。それは、マイノリティであっても社会の一員として平穏に生きて行けるという安心、すなわち彼らの「尊厳」だ。これは、健全な社会がそなえるべき公共財である。ヘイト・スピーチを法で規制し、この公共財を守るのは正しいと考えるべきである。

 要するにこういうことが書いてあるようなのだが、実際の文章は、ぬめぬめくねくねしてつかみ所がない。分析系の哲学者はよくこういう文章を書くものなのだが、訳者もさぞ苦労したことだろう。

 言論の自由は大切だが、ヘイト・スピーチはいくら何でもほっておけない。こう直感する多くの良心的な人びとの思いを、きちんと論理化してくれているのが本書だ。たくさんのマイノリティグループからなるアメリカで、社会を健全に保つ活動は不可欠である。わが国も、寛容と正義にもとづく市民社会として成熟したいなら、本書から多くを学ぶべきだと思う。

(社会学者 橋爪 大三郎)

[日本経済新聞朝刊2015年5月31日付]

ヘイト・スピーチという危害

著者:ジェレミー・ウォルドロン
出版:みすず書房
価格:4,320円(税込み)

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