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ネオ本屋、出会いを売る ネットに抗い街に個性

2015/5/31 日本経済新聞 朝刊

本屋のこわもて店主がハタキをたたいていたのは今は昔。街の本屋が思い思いに「なにかと出会える場所」を演出し、人が集う空間へと進化している。

店の奥にはギャラリーを併設。店内でトークイベントも開いている(東京都新宿区のかもめブックス)

古い石畳の路地が残る東京の神楽坂。坂を上り切ると水色のひさしの小さな本屋が見えてくる。昨年開店した「かもめブックス」だ。入り口のカフェには昼も夜も、コーヒーやビールを片手に本を読む人の姿がある。

店内で目を引くのはテーマごとに1冊1冊選び抜かれた棚。例えば「明日、旅に出たくなる」というコーナーには、旅に関する写真集や小説などが混在して並ぶ。数週間でテーマを変える「特集棚」もあり、来店のたびに飽きさせない工夫が随所にある。店主の柳下恭平さんは「こんな本があったんだ、という出会いと、読書習慣を思い出すきっかけをつくりたい」と思いを語る。

■品ぞろえは1冊

東京・銀座にも5月、「1冊の本を売る本屋」が開店した。店には一種類の本だけ。壁には本に関する写真などが展示され、著者もいる。「本人に会えるなんて」「サインしてください」などの会話が店内を満たす。本は1~2週間ごとに変えていく。店主の森岡督行さんは「本を介在したコミュニケーションを楽しめる場にしたい」という。

街の本屋で「発見」や「体験」を重視する店が増え始めている。背景には本屋の苦境がある。調査会社アルメディアによると、15年5月時点の書店数は約1万3千5百店。15年間で約8千店減った。1日200点もの本が出版されるが、本屋からの返品率は4割に近い。本離れが進んだうえ、「アマゾン」などネット書店で、いつでも本が買えるようになった影響が大きい。

雑誌への依存度が高い小さい本屋はコンビニとも競合する。街では「セブンイレブンは街の本屋」とのポスターも目につく。「本屋図鑑」などを出版する夏葉社の島田潤一郎代表は「昔は本屋に並ぶ本が時代を映す鏡だった。今はネットでなんでも調べられる。イベントや発見がないと客は来ない」と話す。

京都市には先行する店がある。左京区の学生街にある恵文社一乗寺店だ。中心部からは遠く、けっして便利な場所ではないが、選び抜いた本と雑貨のセンスで注目を集め、全国や海外から客が訪れる。イベント会場も備える。店長の堀部篤史さんは「東京の有名人を連れてきてもしょうがない。身近な人を紹介し、人のつながりで広がっていくことが大切」と指摘する。そうした地域性が逆に人々を引きつける。

■音楽から参入

本屋が生む新たな人の流れは街の魅力とも密接な関係がある。都市政策が専門の法政大学の保井美樹教授は「チェーン店が増え便利になる一方で、均一な街に消費者が嫌気がさしているのも事実。そこに来ないとできない体験を提供する流れは近年のまちづくりとも符合する」という。

例えば若者の街、東京・渋谷には今秋、新たな本屋が誕生する。音楽・映像ソフト販売のHMVが5年ぶりに復活させる旗艦店だ。店名に「HMV&BOOKS TOKYO」とあるように、商品の半分以上が本。イベント会場もつくる。田代貴之プロジェクトリーダーは「ネット時代の今、求められるのは体験。本は音楽、映画、恋愛…すべてのジャンルに通じ、いろんなイベントができる。情報発信という渋谷のDNAに合っている」と話す。

神戸市では13年、ミナト神戸の象徴的な店だった海文堂書店が百年近い歴史に幕を閉じた。その後、神戸市は「世界で最も美しい書店」というコンセプトで本屋の誘致に乗り出している。街の魅力づくりには「神戸らしい本屋が必要」と担当者。本屋の挑戦は、失われゆく街の個性をとりもどす挑戦でもある。

■本屋の新サービスに期待の声

短文投稿サイトのツイッターでは新しいタイプの本屋に対して様々な意見がつぶやかれていた。

カフェ併設の本屋については「心地よい雰囲気。散策の途中に必ず立ち寄りたくなる止まり木のような場所」との声。本屋イベントに参加した人からは「刺激のあるイベントには、刺激ある意識の高い人も集まる。そういう場に顔を出さないとね」と本屋が人の集いの場となっていることを裏付けるコメントもあった。

一方、「本屋がない時点で地元に戻ることはもうない」「地元の本屋さんがつぶれた。本屋さんがなくなるのって一番寂しい」「地元の本屋さん。さっき閉店を見届けてきました。開店日に行った時のことを今でも覚えてる」など、長年親しんだ本屋の閉店を惜しむ声も多かった。

主な調査はNTTコムオンライン・マーケティング・ソリューション(東京・品川)の分析ツール「バズファインダー」を用いた。

(福山絵里子)

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