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死因の3位 肺炎、高齢者の予防接種カギ

2015/5/26 日本経済新聞 朝刊

高齢者の肺炎は重症になりやすく、時には死に至ることもある。2014年10月から65歳以上を対象に、肺炎予防のための肺炎球菌ワクチンの定期接種が始まった。麻疹(はしか)や風疹などの主に乳幼児向けのワクチンと違い、すべての肺炎を予防できるわけではなく、一定の費用もかかるため接種率もまだ低めだ。成人がワクチンを受ける意味とは何だろうか。

「肺炎球菌ワクチンの定期接種の相談をされたら迷わず打つよう助言している」――。愛知医科大学の三鴨広繁教授はこう強調する。肺炎による死亡リスクを下げられると考えているからだ。

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三鴨教授によると、今年3月、愛知県内の老人介護施設で生活する友人同士の70歳の女性、AさんとBさんでは、ワクチン接種の有無で明暗が分かれた。接種したBさんに対し、Aさんは打てなかった。その後、施設内で肺炎が流行するとAさんはかかり、10日ほど入院。Bさんはかからず、「ワクチンを打っておいてよかった」と安堵していたという。

肺炎は、くしゃみの飛沫やつばなどに含まれた細菌やウイルスなどが肺に入り込んで起きる。通常の風邪と似ているが、ひどくなると熱が下がりにくく、たんを伴うせきが続き、息苦しいなどの症状が出てくる。

体力がある若い人などは細菌やウイルスを攻撃する免疫機構が十分に働くため、重症化することはまれだ。免疫機構が衰えている高齢者の場合、事情が違う。肺炎は心臓病に続き、日本人の死因の第3位。肺炎で死亡する人のうち65歳以上の高齢者は97%も占める。高齢者にとって肺炎にかかるのはまさに死と隣り合わせだ。

こうした点から、あらかじめ肺炎に対する免疫を高めて予防するのが肺炎球菌ワクチンだ。肺炎の原因菌やウイルスは多くの種類がある。65歳以上で人混みに出かけることで肺炎になり入院した患者のおよそ3割の原因は肺炎球菌によるもの。肺炎球菌ワクチンはこの肺炎球菌による肺炎の重症化を防ぐのが目的だ。

現在日本で使われている肺炎球菌ワクチンは2つ。米メルクの日本法人、MSDが販売するワクチンは九十数種類もある肺炎球菌のうち23種類に効果があり、生活空間にいる肺炎球菌の約7割はカバーできる。免疫がつきやすいとされるファイザーのワクチンは13種類に効果があり、カバー率は約5割だ。

東日本大震災で被災した宮城県では肺炎患者が多く出た。そこで宮城県医師会と日本赤十字社は11年秋に、定期接種となる前の肺炎球菌ワクチンを高齢者に接種した。予防効果を検証した国立感染症研究所の大石和徳・感染症疫学センター長は「肺炎球菌による肺炎の死亡確率を半減できたようだ」と話す。

肺炎球菌ワクチンで現在、定期接種として認められているのはMSDのワクチンだけ。65歳から5歳ごとの年齢時に公費助成が受けられ、自己負担は数千円で済む。現行制度は5年間かけてすべての高齢者に接種する計画だ。

国が一部費用負担をして定期接種の対象とした背景には、個人の肺炎を予防することで医療費全体の削減につなげたいという狙いもある。厚生労働省の専門分科会は定期接種にすると約5000億円の医療費を削減できると試算した。ワクチンを高齢者全員に接種する費用を見込んでも、重症化して入院する患者数が少なくなるので医療費は減るという理屈だ。

定期接種制度導入後の接種率は、導入前の20%から10ポイントほど上がったとみられるが、乳幼児向けのワクチンに比べると低い。肺炎球菌ワクチンは定期接種の中でも強制性はないタイプに分類されている。あくまで個人が自己判断に基づいて自身の体を守るために接種するという位置づけだ。

ファイザーのはまだ高齢者対象の定期接種ではないため任意の接種だ。費用は自己負担で1万円程度かかる。ただ厚労省はすでに乳幼児には、肺炎予防のためにファイザーのワクチンを定期接種として実施している。ワクチン接種で乳幼児の保菌者が減ることで、高齢者の肺炎患者が減る効果も出てきているという指摘もある。

米国ではメルクとファイザーの両方のワクチンを国が推奨した。日本では、まだそこまでの方針を打ち出していない。明治薬科大学の赤沢学教授は「米国は費用対効果を分析した上で結論を出している」と話す。日本は肺炎球菌ワクチンの定期接種が始まったばかりで本当の予防効果が見えてくるにはまだ時間がかかる見通しだ。

一方、感染研の大石センター長は、「肺炎すべてを予防できるわけではない」と指摘する。高齢化が進む中、高齢者の肺炎リスクはさらに上がる。予防に向けた議論は不可欠だ。

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■ワクチン接種に抵抗感 社会全体の免疫は向上

ワクチンはもともと免疫の弱い赤ちゃんや子どもなどを感染症から守る役目がある。麻疹や風疹、破傷風、ポリオなどが代表例だ。今は流行がない病気もあるが、海外からの病原体侵入に備えて定期接種している。感染で死や重い障害に至るリスクがあるからだ。

ワクチンは、発病や重症化の防止に効果がある一方で、頻度は低いが一定の割合で副作用が生じる。日本では学校などの集団接種で起きた裁判などの影響で、ワクチンへの抵抗感は根強い。若い女性向けの子宮頸(けい)がんワクチンでも、接種後にまれに全身の痛みなどが出る問題の影響で接種の積極勧奨が中止されたままだ。

高齢者が肺炎球菌ワクチンを打つ意義について、愛知医科大学の三鴨広繁教授は、「社会全体が肺炎に対する免疫を持てるメリットが大きい」と説明する。個人の肺炎予防と同時に、保菌している人の割合が減り、ワクチン接種ができない人も肺炎から守れる。ワクチン接種の利点と欠点の両面から考える必要がありそうだ。

(新井重徳)

[日本経済新聞朝刊2015年5月24日付]

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