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岩手の短角牛、赤身の醍醐味 自然が育むうまみ凝縮

2015/5/13 日本経済新聞 夕刊

東北の民芸品店で首を振る牛の人形「赤べこ」。この東北原産の赤牛を品種改良したものが、このところ内外でコアなファンを増やしつつある「幻の赤身肉」短角牛だ。放牧が基本の健康的な飼育方法に対する評価も高い。ただ人気が高まっても生産量は簡単には増やせず、「幻の」という枕ことばは取れそうもない。

大自然の中でのんびり暮らす

♪田舎なれども/南部の国は/西も東も/金の山♪(民謡「南部牛追い唄」)岩手県沿岸の北三陸には旧南部藩の特産の塩を内陸の盛岡に運ぶ「塩の道」があった。その道を、重い荷を背負いながら歩いていたのが北東北原産の南部牛だ。

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やがて牛は運搬用から食用になる。1871年(明治4年)、体重がよく増える米ショートホーン種が輸入され、交雑・改良を経て1957年(昭和32年)に肉専用種として登録されたのが短角牛だ。サシ(脂肪)を入れて芸術品のように仕上げる黒毛和牛と違い、北国原産の牛を北国独特の飼い方で育て、しっかりした赤身肉に作り上げる。

その飼育法は「夏山冬里方式」と呼ばれる。春先に生まれた子牛は5月、母牛とともに広大な放牧地に放される。「山上げ」だ。そこで乳を飲み、草をはみ、時にはミネラル豊富な土も食べながら、昼も夜も山で過ごす。雌牛30~50頭に1頭の割合で雄牛も放たれ、雌牛は自然の中で次の子牛を身ごもる。やがて秋風が吹く10月。ようやく牛たちは里の牛舎に戻ってくる。

人工授精・室内飼育が基本の黒毛和牛に対し、牛が本来持っている生命力とその土地の風土を生かした育て方といえる。岩手県久慈市で180頭を飼育している柿木敏由貴さん(42)は「数軒の農家が同じ放牧地に牛を放しています。私が行って『ホーホー』と呼ぶとうちの牛だけ寄ってきますよ」と笑う。「大自然の中で伸び伸び育った牛は、秋になると本当に金色に輝いて見えるんです」

評判の味を確かめに、和かな(盛岡市)を訪れた。永田峰人料理長(33)が勧めてくれたのは「吊るし熟成短角牛(ロース)」。何でも「最適な温度と湿度を保った冷蔵庫に枝肉のまま30~45日ほどつるして乾燥させながら、じっくり熟成させた肉」だという。

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手際よく短角牛を調理する「和かな」の永田峰人料理長

鮮やかな紅桃色の肉が運ばれてきた。永田料理長が焼いてくれる。「自然放牧なので、締まった肉や柔らかい肉など肉にも個性が出る。よりおいしく仕上げるには焼き方も重要。料理人にとって面白い肉です」。鉄板で少し焼いては横に置いた南部鉄器の器で休ませる。「これを繰り返すことで、休ませている間に熱が肉全体に回るんです」

ひとくち頂く。あっさりしたうまみと香ばしさが口全体に広がる。歯応えがしっかりしている。かめばかむほど味わいが増し、3切れでおなかも膨れ始めた。

「私は『和牛だけど赤身』の短角牛が好き」と語る岩手大学の村元隆行准教授(47)は出会った瞬間ほれ込んだ短角牛の研究を天職に定めた。村元准教授によると、肉の味の源は赤身(筋肉)のタンパク質に含まれるアミノ酸。霜降り肉は4割以上が脂だが、短角牛は1割。つまり「短角牛は黒毛和牛より赤身が多いからおいしい」と高くその味を評価する。

ただ課題もある。生産量が極めて少なく、いつでもどこでも食べられる肉とは言い難いのだ。岩手県の飼育頭数は約4千頭。全国でも約7千頭で、和牛全体の1%に満たない。

産地のイベントには短角牛の丸焼きも登場し、来場者に振る舞われる(岩手県岩泉町の短角牛フェア)

サシの入り方が重視される日本の牛肉の格付け基準では高評価を得にくく、同じ赤身の米、豪産と価格面で競合してしまうためだ。健康ブームで人気は高まっていても、流通価格は簡単には上がらない。岩手県には前沢牛など評価の高い黒毛和牛も多く、短角牛から黒毛和牛への転換を考える農家もいる。また春先に一斉に子牛が生まれる短角牛は約2年後の出荷も春に集中する点も、人工授精で通年出荷できる黒毛和牛にかなわない。

産地では少しでも魅力を高めようと、冬場の飼料も地元産を使うなどのこだわりに力を入れる。肥育期間の後半は牛舎で育つ牛を出荷前に再び山に放し、ビタミンEやベータカロテン、カルニチンなどの機能性成分を増やす「放牧仕上げ」の試みも始まっている。

<マメ知識>闘牛大会の主役に
岩手県最大の短角牛産地、久慈市の平庭高原では春、夏、秋の年3回、東北地方で唯一の闘牛大会が開かれている。主役はもちろん短角牛だ。体重450~950キログラムの巨体が「ブオォォ…」と雄たけびを上げながらぶつかり合う様はまさに圧巻だ。
江戸時代、北上山地を越える「塩の道」を重い荷を背負って進む際、先頭の牛を決めるために突き合わせたのが始まりとされる。久慈の牛は「体が大きくて粘り強い」(柿木さん)といい、新潟など他県の闘牛開催地にも供給されている。

(盛岡支局長 増渕稔)

[日本経済新聞夕刊2015年5月12日付]

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