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エコノ探偵団

3世代同居、なぜ推進?

2015/5/13 日本経済新聞 朝刊

 「政府が少子化対策として、3世代同居に力を入れているって本当なの」。探偵事務所の所長夫人の円子が事務所に入ってきた。「同居って減ってると思っていたけど、なぜかしら」。疑問に思った探偵、深津明日香は調査に出た。

■子育て支援や消費増期待

 政府が3月に閣議決定した少子化社会対策大綱に盛り込まれたのが、世代間の助け合いを目的とした「3世代同居・近居の促進」だった。明日香は内閣府を訪れ、少子化担当の吉田真晃さん(37)に理由を尋ねた。

 吉田さんは「内閣府の調べでは親との同居を望む人が20%います。しかし実際の同居率はもっと低い。そのギャップを埋めるためなのです」と説明。「それに同居している夫婦のほうが出生率が高いんですよ」と付け足した。

 「そういえば子育てで成果をあげている『福井モデル』が注目されているって聞いたわ」。福井県の同居率は全国2位、共働き率は同1位、出生率は同8位。明日香が福井県に電話すると、「働く母親が祖父母の支援を受けながら、子育てする環境が整っています」と説明してくれた。

 「政府はこれを全国にも広げたいのね」。明日香が納得していると、何でもコンサルタントの垣根払太が「自治体の方が先行しているらしいよ」との情報を持ってきた。

 例えば静岡県掛川市。2014年度から、子育てのため新たに3世代同居する世帯に最大50万円を買い物券で助成。14年度は10件程度の想定に対し24件の応募があった。

 明日香は、助成制度を使い夫の両親と敷地内同居を始めた鈴木由美子さん(仮名、30)に話を聞いた。「働きながら3歳と1歳の子どもを育てている。夫の勤務時間も遅いので、自分が体調を崩したときなどは祖父母に頼れて助かる。周りにもこうした同居の家庭が多い」という。

 「家計にもメリットがあるのかしら」。東京に戻った明日香は二世帯住宅研究所(東京・新宿)の門をたたいた。所長の松本吉彦さん(55)は「ありますよ」と、にっこり。「土地代はもちろん、光熱費の節約効果も大きいです。相続税でも優遇措置がありますよ」と教えてくれた。

 「孫消費も拡大します」。三菱総合研究所の主席研究員、高橋寿夫さん(51)が話に加わった。「祖父母による孫への支出は、同居だとざっと年間27万円、近居だと19万円、別居13万円になるとみています。眠っていた高齢者の預金が消費に回るので経済活性化が期待できます」

 「同居は子育ても楽になるし、消費も増える。いいことずくめでした」。明日香が事務所で中間報告をすると所長はため息をついた。「そもそも同居はそんなに増えているのか。最も出生率が低い東京はどうなんだ」。明日香は慌てて再調査に飛び出した。

 改めて厚生労働省の国民生活基礎調査にあたった。すると世帯に占める3世代同居の割合は、1986年には15.3%だったが2013年には6.6%になった。「すごい減り方」。明日香は同居の推移についてシミュレーションをしている東京工業大学大学院客員教授の稲垣誠一さん(59)を訪ねた。「今の高齢者は年金が充実しているので別居もしやすいです」という。

 明日香がメモしていると二世帯住宅研究所の松本さんが「待ってください」と声をかけてきた。「2009年ごろから3世代同居が盛り返しているんです」という。明日香は「足元では増加の動きもあるということかな」と、国立社会保障・人口問題研究所の千年よしみさん(52)に話を聞きに行った。

 同研究所の調査でも、3世代同居は少し増えていた。

 「やっぱり子育て支援を期待している夫婦が増えているんですか」と明日香が聞くと意外な答えが返ってきた。「介護のためでしょう。子育て支援を期待する若い夫婦ほど親の近くに住む『近居』を選んでいるデータが出ています」と千年さん。明日香は「同居には介護の側面もあるのね」と、神田のご隠居・古石鉄之介を思い浮かべた。

■都心部では増加難しく

 明日香はもう一度、三菱総研の高橋さんを訪ねた。「地価が高い東京でも3世代同居は増えますか」。高橋さんは「子どもが結婚して、孫がいて、都心で3世代同居できる家族は富裕層に限られます」と増加には否定的だ。さらに「今後も少子化が進めば孫消費市場も尻すぼみです」とうなだれた。

 明日香は住宅政策に詳しい神戸大学大学院教授の平山洋介さん(56)も訪ねた。平山さんは「日本は結婚を前提にした持ち家政策を進めてきましたが、バブル崩壊後、所得が減り家を持てない人が増えました。これからは親が持つ家を相続できるかどうかで格差が広がっていくでしょう」と警告した。「同居できる家族や家がある人ばかりじゃないのね。政策の効果を高めるには、きめ細かい配慮が必要だわ」と明日香は思った。

 明日香が報告をすると所長はもう1人の探偵、松田章司を呼んだ。「調査ご苦労さまだった。20年間余り続いたこの事務所はきょうで閉める」。明日香と章司は仰天した。「倒産ですか」。所長は首を振った。「一つ屋根の下にこだわらず、もっと自由に調査の腕を磨いていこうじゃないか」と探偵事務所の看板をそっと外した。

◇            ◇

■少子化対策、「自助・共助」強まる

 政府の少子化社会対策大綱には若者の結婚支援も盛り込まれた。民主党政権下の「社会で子どもを育てる」という「公助」よりも、家族や地域の支え合い中心の「自助」「共助」が強まっている。介護や育児の負担を家庭で吸収し、社会保障費を抑制する狙いもある。

 家族による支援で、注目されるのが親の近くに住む「近居」だ。同じ沿線やマンションの別室に住むことで、プライバシーを保ちながらも子育て支援などを期待できる。野村総合研究所の松下東子・上級コンサルタントは「経済的な逆境下で家族があつまるのは世界的な傾向」と指摘する。

 ただ、子育てには家族支援以外も不可欠だ。保育サービスのポピンズ(東京・渋谷)の中村紀子最高経営責任者(CEO)は「待機児童をなくすことが大前提で、喫緊の課題は保育士不足の解消。多様な人材が保育に携われる制度が必要」と注文する。子育て中の女性からは「子どもと長時間いることより、働きやすい環境をつくってほしい」との声も上がる。

 中央大学の山田昌弘教授は「これからは、収入が低く、結婚もしていない人が増える。家族がいなくてもやっていける社会が必要だ」という。時代の変化に即した政策が求められている。

(経済解説部 福山絵里子)

[日本経済新聞朝刊2015年5月12日付]

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