「給与の振込額を間違えて『どういうことだ!』と怒鳴られた時、頭が真っ白になった。自分はダメなやつだと落ち込み、なかなか立ち直れなかった」。こう打ち明けるのは会計事務所で経理事務を担当する河野武さん(仮名)。ミスのことで頭がいっぱいになり、立ち直れないまま、また失敗をしでかす悪循環に陥ったこともあるという。
「クレーマー時代のへこまない技術」の著者、林恭弘さんは「学生とは違って、社会人になったらミスをして叱られない人はいない。叱られるのが当たり前だと思えば気持ちが軽くなる」と話す。そのうえで、「叱られることで良い結果につながると確信すること」を提案する。「仕事上でつらいことがあっても、すべて自分の成長につながる」と、自分で自分に良い結果を約束するのだ。
叱られると、自分が全否定されたように感じてしまう人も多い。心理カウンセラーの石原加受子さんは「相手は『ここさえ直せばもっといい仕事ができる』と指摘しているにすぎない」と言う。そもそも、今叱られているのは将来の成功への布石ととらえることもできる。二度と同じ失敗を繰り返さなければ、成功する確率はどんどん上がっていく、と前向きに考えよう。
虫の居所が悪い相手から、理不尽な怒られ方をすることもあるだろう。そんなときはどうやって心を守ればいいのか。
理不尽に怒鳴られると下を向いて視線をそらしたくなるが、逃げると逆効果になることもある。「謝るとしても、ひるまず相手の顔を見て、はっきりと謝罪の言葉を述べる方がいい」と石原さんは助言する。
反省すべき部分と、相手の理不尽な物言いの割合を冷静に分析してみるのも手だ。東京都市大学環境学部教授の枝廣淳子さんは「自分が反省すべきミスは30%、相手の言い方が許せない部分が70%と思えたら、30%分だけ反省する。あとは運が悪かったと忘れてしまおう」と提案する。
折れない心をつくるため、日ごろから心掛けたいことは何だろう。
まず、つらいと感じた時、自分の感情を素直に受け止めることが大切だ。「相手が自分のことをどう思っているかばかり気にしていると、自分の気持ちが分からなくなる。心の声を聞いて自分の気持ちを認める時間をつくるとよい」と石原さんは提案する。1日の中で自分の心と向き合う時間を決めて、実行してみるのも一案だ。
「上司や顧客には必ず従わなければいけない」「上司は立派で尊敬すべき人だ」などの「思い込み」もやめよう。時として気持ちの落ち込みにつながる。上司や顧客も同じ人間。「課長も、部長と我々部下の板ばさみでつらい立場だな」「言葉はきついけど、実は部下思い」など、相手の素の面を知っていると、気が楽になることもある。
逆に相手との関係性が築けていないとよけいに傷が深くなる。日ごろから言葉を交わし、相手の素の部分を知っておくと、コミュニケーションがスムーズになり、叱られた時の痛手も少なくて済みそうだ。
枝廣さんは、折れない心づくりには「自己肯定感を高めることが大事」といい、「小さな目標を決めて毎日、実行する」ことを勧める。「『今日は3千歩以上歩こう』『笑顔であいさつしよう』など簡単な目標を決め、できたら自分を褒める。自己肯定感が高まり自信が生まれ、ちょっとのことではくじけなくなる」という。
「幅広い人と交流し、柔軟な価値観を身に付けることも役に立つ」と枝廣さんは言う。「イスの脚が3本だと1本折れただけで使えなくなるが、脚が多いほど頑丈になる。人間も価値観や交友関係が狭いと、1つダメになっただけで心が折れやすい」。地域でのボランティア活動や趣味のサークルへの参加など、仕事以外で自分の居場所を増やすことを勧める。
(ライター 加納 美紀)
[日本経済新聞夕刊2015年5月11日付]