太宰治の辞書 北村薫著文学の真実を追う探偵のスリル

2015/5/11

本の帯に“時を重ねた《私》に会える待望のシリーズ最新作”とある。これは『空飛ぶ馬』『夜の蝉』(日本推理作家協会賞受賞)でお馴染(なじ)みの女子大生の「私」と落語家春桜亭円紫が活躍する「円紫さんと私」シリーズのこと。ただ『朝霧』以来十七年ぶりとなるが、三本の中篇(へん)からなる本書では、円紫師匠は三作目に登場する程度で、日常の謎を追及することはない。

(新潮社・1500円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

 具体的に紹介すると文豪ピエール・ロチ(『日本印象記』)と芥川龍之介「舞踏会」の関係を探る「花火」、太宰治「女生徒」の背景を詳(つまび)らかにする「女生徒」、「女生徒」に出てきた“ロココ料理”という言葉から太宰治の語彙の源をたどる「太宰治の辞書」の三作である。

 国文学専攻の女子大生だった「私」は大学卒業後、小さな出版社で働く編集者となり、相変わらず文学の謎が気になっている。芥川龍之介が自作の「六の宮の姫君」を指していった言葉(「あれは玉突きだね。…いや、というよりはキャッチボールだ」)をめぐって調査していく『六の宮の姫君』の時のように、芥川と太宰治の文学の謎を深く掘り下げていく。

 冒頭の「花火」は「私」がほとんど作者と重なり、エッセイ風論文の趣で、小説としての興趣にはなはだ乏しいが(「舞踏会」を効果的に採用した辻原登の『寂しい丘で狩りをする』に言及しないのも寂しい)、「女生徒」では一転して、しっかりと本の探索が機能する。太宰の短篇の基になった有明淑の日記と作品の照合は、国文学者の解説や太宰夫人の回想録を手掛かりにして綿密に行われる。

 特に女生徒の下着の刺繍(ししゅう)の柄、有明淑の日記では苺(いちご)なのに薔薇(ばら)に変更した点に着目して、太宰文学の真骨頂に迫るあたりは見事だし、日記に出てくる「黴(かび)」に言及するくだりも、同時代の私小説と巧(たく)まれた太宰作品をさりげなく対して鮮やかだ。

 そしてこの文学探偵ぶりは、円紫師匠が登場する表題作で、さらに磨きがかかり、スリリングな展開を味わうことになる。「私」は文献にあたり、次々に作品を引用し、太宰の辞書を探る。この場合の辞書とはもちろん語彙の辞典であるけれど、小説の書き方の用例集でもある。

 やや情報過多で、間延びしているきらいもあるけれど、それでも(いや、それさえも)真実へと導く道草の愉(たの)しみに変えている。文学探偵ぶりに淫していて、従来の日常の謎や人妻になった「私」の生活が乏しいのが難であるけれど、それは次回以降に期待したいと思う。

(文芸評論家 池上 冬樹)

[日本経済新聞朝刊2015年5月10日付]

太宰治の辞書

著者:北村 薫
出版:新潮社
価格:1,620円(税込み)

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