ブラック オア ホワイト 浅田次郎著夢と現実が侵食しあう転落劇

2015/4/20

夢を題材にした小説は色々あるが、その中でも有名なのが、夏目漱石の『夢十夜』であろう。常に「こんな夢を見た」という書き出しで知られる、十の不思議な夢を綴(つづ)った、幻想的な作品だ。本書は、その『夢十夜』の浅田次郎版である。ただ、夏目作品が、淡々と夢の内容を並べているだけなのに対して、こちらは夢と現実が微妙に絡み合い、独自の世界を構築している。ここが物語の注目ポイントになっているのだ。

(新潮社・1500円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

 急死した旧友の焼香の列で、やはり旧友の都築栄一郎と久しぶりに邂逅(かいこう)した“私”は、彼が暮らす高層マンションに招かれた。元南満洲鉄道理事を祖父に持ち、六十を過ぎて悠々自適の生活をしている都築。その彼が語るのは、バブル時代に見た夢の話であった。白い枕は良い夢、黒い枕は悪い夢。エリート商社マンだった都築は、スイス・パラオ・インド・中国・日本で、不思議な夢を見る。そして夢に呼応するように、現実の彼の立場も変わっていくのだった。

 スイスで見た夢が切っかけで、仕事をしくじった都築は、なんとか名誉挽回しようとしながら、エリートの地位から転落していく。面白いのは、その過程における、夢と現実の絡ませ方だ。たしかに現実に影響を与えることがあっても、夢はあくまで夢である。だが、ストーリーが進むにつれて、夢と現実の境界線があやふやになっていく。それを象徴するのが、都筑の祖父だ。

 南満洲鉄道理事だった祖父は、立場や役割を変えながら、多くの夢の中に登場する。また、誰というわけでもない恋人も登場する。この恋人の意味については、都築本人の口から、もっともらしい説明がなされていた。一方、祖父については何の説明もない。だが、物語の後半に入ると、都築の商社マン生活に、祖父が大きな影を落としていることが明らかになるのだ。夢と現実が、徐々に互いを侵食していく様が、興味尽きない面白さに満ちているのである。

 さらに終盤に至って、夢の話を聞き続けてきた“私”は、都築に対するある疑念を抱くことになる。その、あやふやな疑いが、現実そのものを、ひとつの大きな夢としていくのだ。

 なるほど、都築の夢の話を“私”が聞くというスタイルは、これを表現するためであったのか。バブル時代のエリート商社マンの転落劇を良夢と悪夢を駆使して描いた作者は、ラストに至り、人生そのものが一炊の夢にすぎないのではないかと、読者に語りかけるのである。

(文芸評論家 細谷 正充)

[日本経済新聞朝刊2015年4月19日付]

ブラック オア ホワイト

著者:浅田 次郎
出版:新潮社
価格:1,620円(税込み)

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