都内に住む会社員Aさん(30)は食事をするとすぐに気持ちが悪くなる状態が半年ほど続いていた。量も食べられず、胃もたれが続くので病院に行くと「機能性胃腸症(機能性ディスペプシア、FD)」と診断を受けた。
FDを含め、腹部や胸部に長く続く不快な症状があるにもかかわらず、レントゲンや内視鏡検査などでは異常を発見できない病気を総じて「機能性消化管障害」と呼ぶ。慶応大学医学部内科学(消化器)の鈴木秀和准教授「以前は、神経性胃炎や不定愁訴などと言われ『気持ちの問題』とされることが多かった。医師も積極的に診断をしてこなかった」と話す。患者数の増加とともに医師の認識も改まり、研究が加速している。
消化管障害は食道、胃、十二指腸、大腸、肛門など消化器全般に及ぶ。中でも代表的なのが、胃や十二指腸から症状がくるFDと、大腸に問題が生じる「過敏性腸症候群(IBS)」だ。併発することもある。
通常、食べ物で胃が膨らめば満腹感につながる。ところがAさんのようなFDの場合は、胃が広がりにくいために食べ物が少し入っただけでも満腹に感じてしまい、最後まで食事ができなくなる。「小食になり、やせる傾向がある」(鈴木准教授)
消化した食べ物を胃から十二指腸へ送り出すぜん動運動が起こらないこともある。健康なら胃で2~3時間かけて消化した後に、内容物は十二指腸へ送られる。病気の場合は4~6時間たっても胃に残るので、「胃もたれ」を感じる。胃酸が出続けて胃壁を刺激し、「みぞおちが痛くなったり、焼けるように感じることもある」(鈴木准教授)
胃を含む内臓の動きは自律神経がコントロールしている。「ストレスが強いと自律神経が乱れ、こういった臓器の不調を招いてしまう」(鈴木准教授)と話す。春先に症状が目立つことが多いのは、環境の変化で自律神経が乱れやすいからだという。
IBSの場合も検査で腸に潰瘍など異常は見つからない。腹痛や腹部の張りに加えて、便秘や下痢が長く続くのが特徴だ。東北大学大学院医学系研究科行動医学分野(心療内科)の福土審教授は「脳と腸の働きは相関関係にある」と指摘する。脳内からストレスホルモンが出ると腸は敏感になり、収縮力が増して腹痛に、絞りだし運動が活発になると下痢、不活発になると便秘になる。
「午前中は具合が悪いが午後は良くなり、夜寝ている時には症状が起こらない人が多い」と鳥居内科クリニック(東京都世田谷区)の鳥居明院長。午前中など、何かを頑張ろうとするとストレスが生じ、症状につながりやすいという。試験や会社でのプレゼンテーション中にトイレに行きたくなるなど、社会生活に支障をきたすこともある。
「トイレが不安で急行電車に乗れないという人も多い」(鳥居院長)。不安になると症状がより強くなるというのも、この病気の特徴だ。
IBS患者には「悲観的な考え方をする傾向がある」(福土教授)。予防するには「ストレスになりそうな他人の発言などは受け流すなどして、自分の中で中和する工夫が大切」と福土教授。治療は食生活などの指導のほか、症状を緩和する薬やストレスを和らげる薬を使う。さらに、前向きな考え方ができるように心理療法を取り入れることもある。
これらの患者の中には、病気の認知度の低さゆえにさらにストレスを増大させているケースもあるという。いろんな病院で検査を受けても胃や腸に問題が無いと言われ、「苦しんでいるのに誰にも理解してもらえないという不安感がいっそう強くなる人も多い」(鳥居院長)。
一人で悩まず専門医を受診するのはもちろんだが、自らも生活習慣を整えるよう努めたい。お薦めは食事の内容や時間と胃腸の調子を記録する「食事日記」や、排便の回数や状況、日々のストレス要因などを書き出す「便通日記」。記録することで自分が何をストレスと感じるかなどを探り、軽減につなげてみよう。
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腸内菌の変化で悪影響?
IBS患者の腸には、健康な人に存在しない腸内菌が見つかることがある。「ストレスによって腸内菌の種類や働きが変わり、腸に悪影響を与えることがわかってきた」(福土教授)。改善のために、医療機関でもビフィズス菌や乳酸菌などの処方がされているという。
ただ、予防のためにヨーグルトを食べるのが良いかというと「効果は商品によって違う。合わない人もいるので、自分に合うものを見つけて無理のない範囲で食べ続けることが大切」(鳥居さん)と指摘する。食品だけでの解決は難しい。深刻な場合は専門医に相談し、適切な治療法を探るのが改善の近道だ。
(ライター 結城 未来)
[日経プラスワン2015年4月18日付]