西太后秘録(上・下) ユン・チアン著推論交え中国近代化への功績を評価

2015/4/6

清朝末期の半世紀にわたり中国に君臨した西太后(1835~1908年)の生涯を描く評伝である。彼女は、権力欲にかられて中国を衰退させた悪女か、傾きゆく王朝を支えた女傑か。21世紀の今日も評価は分かれる。西太后にまつわる噂話や二次史料は多いが、良質の一次史料は案外少ない。それゆえ、史料に即した客観叙述を身上とする歴史学者は、西太后の評伝を書くのを敬遠する。西太后の伝記を執筆するためには、中国社会の根底に流れるドロドロとしたものを理解する洞察力と、彼女の心情を忖度(そんたく)する作家的な推理力も必要となる。

(川副智子訳、講談社・各1800円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

 著者は中国共産党の高級幹部を両親にもつ女性ノンフィクション作家で、「文化大革命」で辛酸をなめたあと、海外に留学し、イギリス人の歴史学者と結婚。以来、ロンドンに住む。自身の家族史と現代中国の暗黒面を描いた『ワイルド・スワン』や、中国共産党史観とまっこうから対立する評伝『マオ 誰も知らなかった毛沢東』は、中国では今も禁書扱いだが、中国を除く世界各国で翻訳出版され、累計千数百万部のベストセラーとなった。

 西太后は、中国共産党史観では、自分の権力を維持するため中国の近代化をつぶした保守反動の悪人とされる。著者は、本書の副題「近代中国の創始者」が示すとおり、西太后にも欠点はあるものの「中国人には未知の、人道主義や公正や自由を中国に取り入れた」と称賛する。なぜ、これほど極端に評価が分かれるのか。どちらが説得力をもつか。それは本書を読んでのお楽しみである。

 「歴史探偵」を自称する著者は歴史学者ではない。本書でも、西太后が宦官(かんがん)の安徳海に恋していたとか、光緒帝の毒殺を命じたとか、一次史料を欠く小説的な記述が散見される。歴史学者なら諸説を併記するか、言及を避けるところだろう。

 一方、本書には特長も多い。まず、わかりやすいこと。原書は英語であり、中国史について予備知識のない外国人もすらすら読めるように書いてある。また、欧米人の目から見た清国や西太后についての記述が多い点も、斬新である。著者は、中国社会の明暗両面を肌身で知る中国人だが、言論の自由が保障された外国におり、しかも西太后と同じ女性である。なるほど、こういう見方もあるのか、と感心した箇所も多かった。賛否は分かれるかもしれないが、本書は中国人を理解するうえで有益な本である。

(明治大学教授 加藤 徹)

[日本経済新聞朝刊2015年4月5日付]

西太后秘録 近代中国の創始者 上

著者:ユン・チアン
出版:講談社
価格:1,944円(税込み)

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