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別物「タルト」 南蛮生まれ松山育ち ユズ餡入り 藩主の革新

2015/4/1 日本経済新聞 夕刊

地方の空港や駅に降り立つと、まず目に付くのが聞き慣れない企業や物産をPRする看板だろう。愛媛・松山の場合は「タルト」の3文字が真っ先に来訪者を出迎える。都会で食べ慣れた洋菓子のタルトとは別物の和洋折衷の味にきっと驚くはずだ。

JR松山駅前から市内中心部に移動するわずかな時間で、タルトがどれだけ地域に浸透しているか分かるはずだ。駅舎の壁やビルの屋上、路面電車の車体……。さらに県内の至る所にタルトの路面店がある。もちろん百貨店やスーパーの中には売り場を構えている。

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愛媛ではタルトの路面店を多く見かける(一六本舗の店舗)

一般的にタルトといえば、パイ生地またはビスケット生地の上にクリームやフルーツを盛った洋菓子のこと。ところが愛媛ではユズ餡(あん)をカステラ生地で「の」の字に巻いた南蛮由来の菓子を指す。餡入りロールケーキと思えば分かりやすい。卵の風味が漂う柔らかな生地と、ユズの香るしっとりした餡のハーモニーが特長だ。

その歴史は古く江戸期にさかのぼる。松山藩主、松平(久松)定行は幕府から長崎探題職の兼務を命じられ、1647年(正保4年)長崎でポルトガルの船などと接する機会があった。長崎滞在中に出合い気に入ったのがタルトとされる。

定行が食べたのはカステラの中にジャムが入ったものだったが、当時日本にジャムはない。そこで製法を松山に持ち帰った定行が餡入りを考案。ジャムがかんきつ系だったことから四国特産のユズをアクセントに加えたとの見方もある。

機械ではきれいに「の」の字に巻けないため、最後は手作業(松山市内の六時屋)

タルトが庶民に広まったのはいつだろうか。「一六タルト」で知られる創業約130年の一六本舗(松山市)を訪ねると、玉置泰社長(65)が約30年前の新聞広告を見せてくれた。久松家17代当主で愛媛県知事を務めた定武氏と玉置社長の父、一郎氏が対談した新春広告だ。

定武氏はこう語っている。「タルトは明治までは私ども久松家の家伝とされていたのです。明治以降はその技術が松山の職人に受けつがれ今日の松山の名産となったものと思われます」

もっとも松山で盛んに作られたのは戦後のこと。1933年創業の六時屋(同)が一六本舗の良きライバルとなり、共に普及に情熱を注いだ。同社の3代目、村瀬聡一郎社長(58)は「松山で銘菓を選ぶ催しがあり、創業者は力士の格好で練り歩くなど宣伝にも力を入れた」と教えてくれた。

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ちなみにタルトは愛媛県菓子工業組合が1954年に登録している商標だ。ある菓子店が商標を取ろうとしたところ「愛媛の銘菓にすべきだ」と異論が出て、組合が申請したのだ。現在は組合のタルト部会の会員約200人のみが名称の使用を許されている。

カステラ生地にユズ餡を使うことなど、レシピについてもかつては厳しい決まりがあった。県内菓子大手のハタダ(新居浜市)は今から40年前、松山に本格進出した。その際に他社との違いを出すため餡に栗を入れた商品を考案したところ、組合内で「タルトと名乗らせていいものか」と物議を醸したほどだ。

今は昔、とでもいうのだろうか。同社の栗入りタルト「御栗タルト」は堂々たる看板商品に育った。他社も味のバリエーションを増やしており、亀井製菓(松山市)は愛媛特産のイヨカンや抹茶を混ぜたタルトを作る。老舗の一六本舗も昨年から生地に竹炭を練り込み、ゴマ餡を使ったタルトを販売。3月からは桜を混ぜた新作も投入した。

様々な味が楽しめる(手前からハタダの「御栗タルト」、一六本舗の「黒胡麻」「桜」)

定番のユズ餡タルトも時代に即して味を変えている。ロールの外側に白双糖をまぶすのが基本だが、六時屋の村瀬社長は「北海道産の小豆や無添加にはこだわるが、甘さやカロリーを気にする人が増えたのでやめている」という。甘さや小豆餡が珍重される時代はとうに過ぎた。銘菓といえども工夫がなければファンが減ってしまうとの危機感がうかがえる。

販路の開拓についてはまだ道半ばだろう。殿様菓子だったこともあり、これまで主に贈答需要で伸びてきた。虚礼廃止や贈答文化を知らない世代が増えるなかで、魅力をどう伝えるかが問われている。愛媛を代表する菓子がどのような成長を遂げるのか楽しみだ。

<マメ知識>激しい競争、味に磨き
タルトの製造各社は「元祖」「本家」などといった主張こそしないが、自社製品へのこだわりは強い。一六本舗は焼き上がったスポンジをたたいてガスを抜き、きめ細かく柔らかな状態を作る。食べやすいカット済みの商品を最初に考案するなど業界のリーダー格を自負する。
六時屋は昭和天皇に御用命を賜ったという味が自慢だ。ハタダは欧州の品評会「モンドセレクション」の連続受賞をPRする。互いに譲らぬライバル心が商品の磨き上げに一役買っているようだ。

(松山支局長 入江学)

[日本経済新聞夕刊2015年3月31日付]

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