民のいない神 ハリ・クンズル著人知を超えた力への畏怖の念

2015/3/31付

二段組で本文三百七十ページ超という分量、「ピンチョンとデリーロの系譜に連なる」という触れ込みに怖気(おじけ)づくことなかれ。本書は小説の面白さを存分に味わわせてくれる秀作だ。

(木原善彦訳、白水社・2900円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

 中心人物は、インド系アメリカ人男性ジャズと、ユダヤ系女性リサの夫婦。どちらも名門大学で学位を取得したエリートだが、結婚するまでには民族や宗教の違いから来るさまざまな障壁を乗り越えなければならなかった。しかも、息子のラージが障害をもって生まれてきたため、リサが仕事を辞めなければならず、欲求不満を募らせる。休暇で訪れたカリフォルニア州の砂漠で、ラージが姿を消し、二人は子殺しを疑われて、マスコミに追いかけられる……。

 と、このプロットだけでも、異文化間の結婚、障害をもつ子供の親の苦労、過熱するマスコミ報道など、風俗小説として読み応えは充分。それぞれの人物造形はしっかりしており、作者の卓越した力量を感じさせる。

 ところが、驚くべきは、本書がSFともメタフィクションとも分類できる、ハイブリッドな作品だということだ。さまざまなジャンル、時代、民族を結びつけるのは、ラージが消えた砂漠に立つ大きな岩。このピナクル・ロックと呼ばれる岩山には超自然的な力があり、古くから先住民の崇拝の対象となってきた。十八世紀のスペイン人宣教師、十九世紀のモルモン教徒なども、この岩で超常現象を体験した。二十世紀になると、地球外知的生命体と交感することで、人類の暴走を食い止められると信じる男がここにやって来た。彼に続き、UFOカルト的集団が入れ替わり現れ、ここで消えた子供が超自然的な力を身につけて戻ってくることもあった。ラージも、砂漠に作られたイラク戦争のための軍の演習場に現れ、イラクからの移民の娘に発見される。

 こうした逸話が雑多に差し挟まれ、超ジャンル的壮大さを呈してくる。ここから浮かび上がるのは、人間が理解不能なものに対して意味づけしようとしてきた歴史。自然を意のままに利用しようとしてきた人間と、それでも残り続ける人知を超えた力である。本書には、この力に対する畏怖の念が貫かれているのだ。宇宙人からのメッセージとして、一九五〇年代のUFOカルトの指導者が朗誦(ろうしょう)する次の言葉は、現代のわれわれの心にこそ強く響かないだろうか。

「直ちに核実験をやめなさい。愛と洞察を持ち合わせないあなた方が自然の力をもてあそべば、恐ろしいことが起こるだけだ」

(翻訳家 上岡 伸雄)

[日本経済新聞朝刊2015年3月29日付]

民のいない神 (エクス・リブリス)

著者:ハリ クンズル
出版:白水社
価格:3,132円(税込み)