シアタークリエ「死と乙女」人間の内に潜む狂気 映す

南米チリの劇作家アリエル・ドーフマンの劇をみるたび、不寛容がもたらす人類の病を思う。1991年初演のこの作は時を超え、復讐(ふくしゅう)の情念とその不毛を見すえる現代演劇の高峰といえるだろう。

登場人物は3人。海に近い別荘が舞台だ。妻は独裁政権下で拷問された過去をもつ。弁護士の夫は独裁の罪を暴く新政府の査問委員に指名される。車がパンクした夫を送ってくれた親切な医師は、何と妻をさいなんだ男らしい。シューベルトの弦楽四重奏曲「死と乙女」をかけつつ……。

性にかかわる暗い秘密をえぐる心理の嵐。医師を緊縛し、銃口を向ける妻は正気なのか。過去を明かす医師の言葉は本当に真実なのか。

家族思いの優しい人間が獣になる。状況次第で人間は変わり、虚実も入れ替わる。チリ軍政下の悪夢を背景にするこの傑作が浮かびあがらせるのは、そんな怖い真実だ。

医師は悪魔的衝動に征服された自分の幻影におののく。風間杜夫が練れた演技で、柔らかく壊れていく。宝塚出身の妻役、大空祐飛は立ち姿が美しく、鋭い。にらむ目がナイフのよう。残酷なセリフに火を点じる瞬発力がめざましい。今は学びのとき、感情の幅を広げ、情念を内側から出したい。夫役に豊原功補。

谷賢一演出は音の不安を強調し、サスペンスの緊迫感を高める。上演至難の戯曲だけに必要な演技力の目盛りは上がる。言葉の不信に対する危機感を演技の背後に満たしたい。が、こうした戯曲が商業劇場にかかり、若い観客に届けられる意義は大きい。

前田文子衣装、斎藤茂男照明、土岐研一美術。気鋭のスタッフが舞台に憂愁の色を浮かべる。青井陽治訳。28日まで、シアタークリエ。

(編集委員 内田洋一)