皇后考 原武史著権力のせめぎ合い解く知的挑発

2015/3/23

大正末年の頃のことである。政府は神功皇后を第15代天皇として認めない決定を下す。この決定によって、仲哀天皇(西暦192~200年)と応神天皇(同270~310年)の間の69年間は天皇不在の大空位時代となる。なぜ政府は大きなリスクをともなう決定を下したか?

(講談社・3000円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

 答えを求めて探索を始める本書は、推理小説の謎解きに似るスリリングな展開を示す。そこから浮かび上がったのは、戦う皇后の姿だった。

 神功皇后は身ごもりながら、三韓(新羅・高句麗・百済)を「征伐」した伝説を持つ。この遠い過去の偉大な皇后と一体になって、戦ったのが大正天皇の皇后(貞明皇后)である。ここに先の決定は皇后の戦いに対する政府の対抗手段だったことがわかる。皇后が天皇の代わりを務める拠(よ)り所は失われた。

 それでも皇后の戦いは続く。大正時代が終わる。本書は強調する。「皇太后の存在は、新たに天皇と皇后となった裕仁と良子にとって、大きな脅威となる」

 新しい昭和の時代が始まったはずなのに、ふたりは天皇のようにふるまう皇太后の「呪縛」を受ける。皇太后の存在は天皇の意思を妨げる。アマテラスを信仰する皇太后とキリスト教に傾斜する皇后の対立は昭和の歴史に複雑な陰影を投げかける。

 以上のように皇后の視点から近代日本の歴史空間を再構成する大胆な試みは、賛否両論が強く予想される。推論に推論を重ねた部分がある。論理の飛躍も散見される。仮説でしかないと批判することも可能だろう。

 他方で本書の斬新な分析視角と自在な実証作業は読者を魅了する。

 天皇と皇后が表裏一体の関係だとすれば、天皇の歴史の半面は皇后の歴史である。本書は皇后に注目することで「近代天皇制の裏で進行しつつあった重大な過程」、すなわち天皇の権力に対する皇后の対抗と挑戦の過程を明らかにする。

 史料の博捜は昨年公開された「昭和天皇実録」はもとより、米英の文書館史料に及ぶ。和歌の読解が実証作業の厚みを増す。先行業績に対する言及の仕方は公正で、必要ならば自説を修正することも躊躇(ちゅうちょ)しない。行間から著者の自信が溢(あふ)れ出る。

 書名の『皇后考』が折口信夫「女帝考」の本歌取りであることは、第1章手前の頁(ページ)の引用に明らかである。そうだとすれば、この600余頁の大著は、歴史学と民俗学の境界領域において日本近代史を読み直す知的挑発に満ちた野心作として、天皇制研究に波紋を投げかけることになるにちがいない。

(学習院大学長 井上 寿一)

[日本経済新聞朝刊2015年3月22日付]

皇后考

著者:原 武史
出版:講談社
価格:3,240円(税込み)