松本清張賞受賞作家の力作長編時代小説。
主人公のおけいは、通旅籠町にある小さな太物問屋・巴屋の長女。だが、母のおきわは頭の良いおけいよりも、美しさだけが取り得の次女おそのを溺愛し、おけいは小さい頃から母のDVを受けることもしばしば。
そのおけいが長じた頃、唯一の理解者である父が心の臓の発作で他界。巴屋の跡を継ぐことになったおけいは、巴屋を江戸一番の大店にすることを決意し、見事な才覚と度胸でそれを実行していくという、いわば女の一代記である。
こう書くと類型的な物語ではないか、と勘違いされる方もいるかもしれない。が、これは作者の周到な計算で、はじめに類型を提示し、これを壊していくというしたたかさが、作中人物を見事に躍動させていくことに。
DVをふるう母の心情にはじまり、新たな反物を介しての下渡海藩の用人・長坂修理との出会い、さらにはラストまで変化してゆく両替商・橘屋との交わり等々。そして余りにも切ない題名の由来は、ぜひ本書を読んで確かめられたし。
現代のビジネスにも通じる、優れた商道ものの誕生といえよう。
(縄田一男)