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新卒一括採用なぜ続く 社会変化で「中途」もじわり

2015/3/18 日本経済新聞 朝刊

「来年春に大学を卒業する予定で、いよいよ就職活動を本格的に始めました」。近所の大学3年生の話に探偵、深津明日香が興味を示した。「新卒一括採用には問題も多いと聞くけど、なぜずっと続いているのかしら。調べてみましょう」

■自社で育成、学ぶ能力重視

明日香はまず東京・大手町の経団連事務局を訪ねた。経団連は加盟企業向けに「新卒採用活動指針」を定め、今年から採用活動の解禁時期を3カ月遅らせて、会社説明会の開始を3年生の3月1日からと決めた。事務局の担当者に話を聞くと「政府から解禁時期を遅らせるよう要請がありました。学業に影響しないようにするのが狙いです」。

新卒一括採用で「就職活動が短期決戦になると大変」という学生の声もある。一方で、明治大学を来春卒業予定の学生(21)に話を聞くと「実際の企業で職業体験をするインターンシップなどを通じて、めぼしい学生に早めに声をかける企業は多いようです。大学からも『3月開始を真に受けず、早めに活動を』と指導されました」という。

ある機械メーカーの人事担当者が匿名を条件に話した。「経団連の指針を守ろうとしても、他社も守るとは限りません。あまりおおっぴらにならない形で、いろいろと手を考えています。それだけ優秀な人材を採用できる可能性が高まりますから」

明日香は「学生は就職浪人を避けたいし、企業は優秀な学生を採用したいし、必死なのね」と納得した。

明日香は労働経済学者で岡山大学准教授の奥平寛子さんに話を聞いた。「新卒採用ではきわめて大勢の学生がほぼ同時に労働市場に参入するため、市場が『混雑』します。この混雑が『市場の失敗』の原因になることを、米スタンフォード大のアルビン・ロス教授らが指摘しています」

企業は学生をじっくり面接して能力を見極めたいが、時間をかけすぎると有望な学生を他社に先に取られてしまう。そこで他社より早く内定を出して、より多くの人材を獲得したいというインセンティブ(誘因)が生じて、採用活動の早期化につながる。

さらに、ある企業が採用したいと考える優秀な学生に内定を出そうとしても、その学生は他社からも内定をもらい、自社の内定を辞退するかもしれない。そこで最も優秀な学生よりも、内定辞退の可能性の低そうな「安全パイ」の学生に内定を出す可能性が高くなってしまう。

もう一つ、企業が学生に内定を出す際、学生に十分な時間的猶予を与えないまま、内定を受理するか辞退するか返答を迫る問題もある。市場が「混雑」していると、学生の返事を待っている間にもほかの学生を別の企業に取られてしまうからだ。この結果、学生側の選択肢が少なくなってしまう。奥平さんは「こうした問題は企業のモラルではなく、あくまで市場の『混雑』が原因です」と付け加えた。

「問題が多いなら新卒一括採用にこだわらず、既卒者の採用や中途採用も組み合わせればいいんじゃないかしら」。疑問を感じた明日香は、京都大学経済研究所教授の有賀健さん(64)に解説してもらった。「日本企業の雇用制度と、それを反映する人材養成や昇進の仕組みが、新卒中心の人材採用と親和性が高かったのです。それは『経験』や『実績』よりも、人材の『質』を重視するやり方です」

■社会変化、「中途」もじわり

企業が早い段階から労働者を囲い込み、企業の内部で人材として育成していく日本型の雇用慣行は戦前に始まり、戦後の高度経済成長期にピークを迎えた。欧米から導入した新しい技術を使いこなす労働者を労働市場から調達するのは難しかったため、各企業が自社で労働者を育成するようになったといわれている。

こうした雇用慣行の下、企業が若年者を採用するにあたり「現時点で何ができるか」は重視しない。重視するのは、長期勤続を望んでいる人材の「将来性」や「学ぶ能力」だ。有名大学に入学できる学力や、つらい受験勉強に耐える忍耐力を持っていた学生などは「学ぶ能力」がある可能性が高いと判断される。

仮に企業が「新卒採用・内部育成の重視」から、経験豊富な人材を中途採用する方針へ転換しようとしても、そうした人材がほとんど現在の勤務先を飛び出そうとせず中途採用の市場に出てこない状況では難しい。

「ただ、経済構造の変化によって、新卒中心の採用制度は弊害も大きくなっています」と有賀さん。企業が環境変化に応じてその時々に必要な人材を確保しようとしても難しい。新卒時に就職できなかったり、就職してもうまくいかなかったりした若者は正社員として安定した職につくことが難しい問題もある。

有賀さんは「長期雇用制度に支えられた内部養成重視の仕組みそのものを完全に組み替える必要はありませんが、より多くの若者にチャンスを公平に与え、外部人材の活用の比率を上げる仕組みを工夫する必要があるでしょう」と付け加えた。

「ウチの事務所でも中途採用をしてみたらどうですか」。事務所に戻った明日香の提案に所長が答えた。「一人前の探偵を育てるのに時間がかかることは君の時の経験で痛感したからな。やっぱり新卒を採用して、じっくり一から育てるのが大事なんだよ」

◇            ◇

■「お試し雇用」に法の壁

新卒時に集中している就職の機会を分散し、既卒者の採用や中途採用を増やすにはどうすればよいだろうか。一つ考えられるのが、企業が面接や試験だけで採用を決めるのではなく、実際に働いてもらってから正式に採用を決める「トライアル採用」のような方法をとることだ。

だが、川口大司・一橋大学教授は「従業員の試用期間についての法的な取り扱いが、こうした採用方法を妨げている」と指摘する。試用期間の終了後に正式採用しないことは、日本では「解雇」と同列に扱われているからだ。日本は解雇規制も厳しいため、企業が二の足を踏んでしまう。

川口教授は「試用期間の満了に伴う雇用契約の終了は『解雇』ではないと法律で明文化してはどうか。そうすれば『とりあえず働いてみてもらって相性がよければ採用する』企業が増え、正社員への入り口を多様化することにつながるだろう」と提案する。

求職者の職業訓練の履歴や、過去の勤務実績などを客観的に評価できる情報をデータベース化して、多くの企業が利用できるようにする仕組みの整備を求める意見もある。そのような仕組みがないと、新卒時に正社員になれなかったという履歴や、過去の勤務先企業の規模や知名度などを能力評価の一種の「シグナル」として企業が利用せざるを得なくなる。

(編集委員 宮田佳幸)

[日本経済新聞朝刊2015年3月17日付]

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