桑港特急 山本一力著若き兄弟の冒険と成長 爽快に

2015/3/2

山本一力の新作は、平和な父島と、ゴールド・ラッシュに湧くアメリカを主な舞台に、日本人の若き兄弟の冒険と成長を描いた、爽快な物語である。従来の山本作品を知る人には、異色作に見えるかもしれない。だが、読んでいるうちに違和感はなくなっていく。いつものように、人の心を細やかに描きながら、多数の登場人物を躍動させているのだから。

(文芸春秋・1650円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

 江戸末期の文政年間、小笠原の父島に漂着した日本人女性のみすずは、アメリカ人の元航海士ジム・ガーナーと結ばれた。そのふたりの間に生まれた、丈二と子温の兄弟は、楽園のような父島で、すくすくと成長する。だが、数奇な運命からアメリカの捕鯨船に乗り込んでいた日本人ジョン・マンジロウと出会ったことで、外の世界に憧れるようになる。

 しかし、彼らの目指した新天地は、ゴールド・ラッシュで、騒然としていた。アメリカへの事業進出を考えている中国人チャンタオの配下のルーパンが開いた、桑港(サンフランシスコ)の洋品店で働き始めた兄弟は、創意工夫と誠実な仕事で、周囲に認められていく。ところが、そこに殺された妻の仇(かたき)を狙う腕利きガンマンのリバティ・ジョーが現れたことで、彼らは大きな騒動に巻き込まれていくのだった。

 未知の世界に憧れ、そこに踏み出していくのは、いつの時代にも変わらぬ、若者の特権である。心を躍らせながらアメリカに向かう丈二と子温の姿は、若い読者には共感を、年配の読者には郷愁を呼び起こすであろう。

 しかも彼らが関係することになる、リバティ・ジョーの復讐(ふくしゅう)劇が痛快だ。元賞金稼ぎのジョーは、悪逆無道な仇に滾(たぎ)るような憎しみを抱きながら、冷徹に策を練り、必勝のフィールドを作り出す。クライマックスの激しい争闘は、西部劇そのもの。映画を観(み)ているかのように、ありありと場面が浮かび上がってくるのである。

 さらに、壮絶な戦いを見聞した果てに、兄弟がたどり着く境地も見逃せない。幾つもの生々しい現実により、世の中の良い面と悪い面を知ったふたりは、あらためて父島を楽園にした父母に思いを馳(は)せ、その凄(すご)さを実感するのだ。地道な営為の積み重ねこそが偉大である。言葉にしてしまえば、よくある人生訓だろう。でも、波瀾(はらん)万丈の物語を経たからこそ、前半で丁寧に綴(つづ)られてきた、父島の描写が光彩を放つ。ここに作者の小説が持つ、何物にも代えがたい力が、表現されているのだ。

(文芸評論家 細谷 正充)

[日本経済新聞朝刊2015年3月1日付]

桑港特急

著者:山本 一力
出版:文藝春秋
価格:1,782円(税込み)

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