共働き増、専業主婦消える? 男性の働き方次第制度・意識、働く女性に壁も

「これからは専業主婦になれる人は少ないと聞きました」。探偵事務所を訪れた近所の女子高生の話を聞いて、探偵の松田章司は興味を持った。「共働きが増えているというけど、専業主婦世帯はいずれなくなるのかな」と早速調査に乗り出した。

「昔はみんな専業主婦だったのですよね」。章司が雇用問題に詳しい日本総合研究所の調査部長、山田久さん(51)に尋ねると「戦前から戦後すぐは農村に住む人が多く、男女ともに働いていました」。欧米でも専業主婦が出てきたのは工業化が背景。日本では高度経済成長期に企業が家族手当を支払い、男性が家族を養う構造がうまれた。

章司が統計を調べると、「サラリーマンと専業主婦の妻」の世帯は1984年まで1千万世帯を超えていたが、2013年には745万世帯に。章司が「この30年、専業主婦が減ってきたのはなぜですか」と聞くと、山田さんは「80年代は産業構造の変化でサービス産業が労働力を必要としたこと、女性の大学進学率上昇などにより就業率が上がりました」。さらにバブル崩壊後、男性の正社員は減り、賃金も低迷。企業の倒産や解雇も増えた。「離婚も増えたし、働かざるを得ない女性が増えてきたんだな」と章司。

「日本は主に専業主婦向けに、夫の死亡リスクに備えた保険が世界で類を見ないほど売れてきました」。章司が振り向くと、ライフネット生命保険社長の岩瀬大輔さん(38)。最近は病気やけがで働けなくなるリスクに備える保険が広がりつつあるという。

「共働きのほうが様々なリスクに備えられそうだ」と章司が事務所で報告書をまとめていると、所長夫人の円子が「主婦に話は聞いたの?」。

再就職、補助業務が大半

章司が慌てて主婦向け人材サービスのビースタイル(東京・新宿)を訪れると、専業主婦5人が再就職セミナーに参加していた。結婚前は事務職をしていたという40代女性は「結婚後は専業主婦をしていましたがリーマン・ショックで夫の収入が減り、子どもの学費を確保するために働き始めました」。飲食店でのパートを1年前に辞めたが「外に出たほうがストレスもたまらない」と再び仕事を探しているという。他の女性からも「欲しいモノを夫に遠慮して買えないのは嫌」「家庭以外でも役に立っている感覚を得たい」と聞き、「専業主婦も大変なんだな」と章司。

ところが、5人に就業条件の希望を聞くと、退社時間は午後3~4時、週3~4日が中心。「週5日働けるけれど、扶養内にしたいので時給が高ければ週3回でいい」「子どもの習い事がある曜日は送り迎えが必要で働けない」などが理由という。再就職する女性の多くは非正規社員で、補助的な業務にとどまる。

「専業主婦は減っても、家計を補う程度の働き方が多そうだ」。章司が性別分業に詳しい山形大学准教授の山根純佳さんに「でも本人たちが望んでいるならそれでもいいですよね」と意見を求めると、「専業主婦や補助的な役割を望む志向は固定的なものではありません。夫・妻の賃金、仕事のやりがい、育児資源、扶養手当などの制度などの条件で、選択は変わりますよ」。「制度や環境が変われば、もっと働きたいと考える人が増えそうだ」と章司。

労働力人口が減る中で政府も女性の活躍を増やしたい考え。「税や保険の制度が課題なのですか」。章司が大和総研の是枝俊悟さん(29)を訪ねると「妻が年収103万円以下なら所得税の負担が減る配偶者控除や、年金や健康保険の負担が生じる年収130万円が壁になっています」。

ただ、日本の税制は夫婦ともに約300万円以上得られる仕事に就ければ、共働きの方がメリットがあるという。「夫婦の片方だけが1千万円を稼ぐよりは500万円ずつ稼ぐほうが年60万円強、手取りが増えます。家事や育児も分担したほうが人生も豊かになりそうです」と是枝さん。

「税制より、それなりの年収を得られる仕事に就けないことが問題か」。章司の疑問に、同志社大学教授の川口章さん(57)が「企業は、女性が過去辞めやすかったことから、統計的差別として女性を採用・登用しない傾向があります」。すると女性は辞めるか補助的業務をするにとどまり、家庭では家事や育児を妻が担うことになりやすい。

企業が正社員に対し、長時間労働で転勤や出張も頻繁という「妻が専業主婦である男性」を前提にした働き方や配置を続ければ、結局女性は辞めやすいという悪循環になる。川口さんは「男性の働き方が変わらなければ、専業主婦はそう減らないでしょう」。

「北欧などで女性の就業率が上がったのは、政策で意識的に育児支援を手厚くした効果が大きいです」と日本総研の山田さんからメールが届いた。日本は子どもが保育園に入れなかったり、収入に対して保育料が高すぎて働くことを諦める人もいる。就学後も、塾や習い事などにかける私費負担が他国より高く、父親が家族を養う分を稼ぎ、母親が送り迎えなどを担当することが多い。教育への公的支出が増え、母親の担う役割が軽減されれば、家庭以外で活躍できる女性も増えそうだ。

「将来結婚したら家事をするぞ」。章司の決意に円子が「育児の練習にミケを預かって」と三毛猫を差し出した。

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出生率と就業率両立も

国際比較をすると、女性の就労率と、出生率がともに高い国も多い。ただ、本格的に働く女性が増えると子どもを産むタイミングが計りづらくなり、少子化に拍車がかかるのではとの懸念もあるだろう。

国立社会保障・人口問題研究所の鈴木透・人口構造研究部長は「女性の就業割合と出生率の関係には、仕事と育児の両立可能性という隠れた要因がある」という。働く女性が増えた場合、両立可能性が上がれば出生率も上がるが、両立可能性が低ければ下がる。日本は働く女性が増えている一方で母親割合は横ばいで、鈴木氏は「両立しやすさの改善が十分でないため」とみる。

「育児中の短時間勤務では補助的業務しか任せられない」との固定観念も、女性に仕事と育児の二者択一を迫る。今月、働く母親向け求人サービスを開始したウェブ制作会社・ノヴィータ(東京・新宿)の三好怜子社長は「30歳くらいまでバリバリ働いていた女性は出産後、補助的な業務をするパートになるのにはためらいがあり、いっそ働かないという場合がある」と話す。同社は時間にかかわらずスキルや専門性を生かせる求人のマッチングを手掛け、働く母親を増やしたい考え。

子育てをしながら本格的に収入を得られる働き方が増えていけば、出生率と就業率が両方上がる余地がありそうだ。

(経済解説部 井上円佳)

[日本経済新聞朝刊2015年2月24日付]