長野県の伊那地方に変わったB級グルメがある。その名もローメン。1950年代に地元でできた、ラーメンでもなければ焼きそばでもない不思議な創作料理だ。ただその魅力は十分に理解されていない。地元では熱烈に愛されている食なのに、地域外からは「期待外れ」「微妙な味」などとけなす声を聞くこともしばしば。ローメンの謎にせまった。
「観光客にはあまり受け入れられないですねえ。予想よりはおいしい、なんて褒められることもあります」。伊那市の「日本料理あすなろ」の店主、唐沢正也さん(49)は苦笑する。伊那地方を中心にローメンを出す店でつくる「伊那ローメンズクラブ」の会長を務めている。ご当地グルメによる町おこしを競う「B―1グランプリ」にも何度か出場しているが、あまり行列はできていなかった。
ローメンの名誉のために急いで付け加えれば、地元の人々のこの食への思い入れは深い。地元でローメンを出す店は「約60店くらい」(唐沢さん)に上る。
家庭料理ではない。「高校生くらいになると、常連のおじさんにジロッと見られつつ地元の店に入り、ローメンを注文する。『ローメンデビュー』で少し大人になった気分がする」と地域でまちおこしを手掛ける保険代理業の中川義徳さん(45)は話す。
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ローメンとは何か。つゆが多くラーメンやスープに近いタイプとつゆがない焼きそばに近いタイプに分かれるが、いずれも蒸した麺のうえに、羊肉、キャベツを乗せた料理であることはほぼ共通している。
生まれたのは1955(昭和30)年ごろ。一般に発祥の店とされるのが中華料理店「萬里」だ。近くには小坂樫男前市長が揮毫(きごう)した「ローメン発祥の地」の碑が建つ。
当時はまだ飲食店にも冷蔵庫がない時代で、萬里の店主、伊藤和弌(わいち)氏(故人)が生麺を長く持たせるために製麺所を経営する服部幸雄氏(同)と相談し、蒸して乾燥させてみた。蒸した麺は茶色く変色、ごわごわしたが、独特の風味が出てきた。
伊藤氏が創作したのはこの麺を使って、しょうゆベースのスープに羊肉、キャベツを加えて煮た料理。羊を使ったのは、綿を取るために地域で飼っており、肉が安く手に入ったためだ。キャベツも地元で栽培が盛んだったからだという。当初は「炒肉麺(チャーローメン)」の名前だったが、「チャー」がとれ、ローメンとなった。
焼きそば風ローメンの元祖とされる「うしお」は別の歴史を語る。現店主、潮田秋博さん(43)によると、祖母の兄が戦時に中国で食べた料理を思い出して店で再現したのが始まりというのだ。ここではスープはなく麺をいためる。同店では今でも「チャーローメン」の名前を維持している。
こうした「歴史認識」の差こそあれ、蒸した麺を使った料理が伊那独特のものであることに変わりはない。ローメンを地元の学校の給食でも出し、地域一体でPRに力を入れている。
それなのに地域外の人気がいまひとつなのはなぜなのか。最大の要因が麺や羊肉の独特のくせだ。「先入観なのかなあ。ジンギスカンには若い女性も何の抵抗感もないのに」と店主たちは口々に嘆く。抵抗感をなくそうと豚肉を使う例もあるが、「豚肉を使ったらもはや別物。あっさりしすぎてローメンじゃない」と「萬里」の現店主、馬場元さん(58)は主張する。
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好きになるコツは何か。食べ歩いた記者の結論は1度はぴんとこなくても、2度以上食べてみることだ。「うしお」では伊那合同庁舎が近く、赴任してきた県職員がローメンに初挑戦する光景がしばしば見られる。そのうちに魅力にとりつかれていく。ちょっと食べただけではわかりにくいだけに、思い入れは強くなる。「くさやの干物やふなずしのようなもの」とローメンズクラブの唐沢会長は話す。
「怖い物見たさでもいい。食べに来てほしい」と中川さんも訴える。ハードルがやや高いローメンの魅力がわかったら、あなたの食の世界の奥行きも広がるかもしれない。
ローメンのもう一つの大きな特徴が「テーブルクッキング」だ。出されたローメンは味が薄め。ソース、酢、七味、ごま油、にんにくなどを加えて自分の好みの味を作り出す。初心者にはハードルが高いため、説明文を用意している店もあるが、「常連になり慣れると考える前に手が動く」と「萬里」の馬場元さんは話す。
ラー油、トウバンジャン、マヨネーズを加える店も。「うしお」は麺が残り3分の1になってからカレー粉をまぶす食べ方を「邪道」としながら紹介している。
(編集委員 長沼俊洋)
[日本経済新聞夕刊2015年2月24日付]