祖国の選択 城戸久枝著日中のはざまで揺れた過酷な生

2015/2/25

落葉帰根――。

(新潮社・1400円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

 本書のなかに度々、こんな言葉が出てくる。葉が木の根元へ落ちるように、人はいずれ故郷へ帰る。そのような意味を持つ中国の諺(ことわざ)だという。

 だが、戦争はこの「故郷」をめぐって、ときにあまりにも重く過酷な選択を人々に強いてきた。本書の著者の父親・城戸幹氏もその一人だった。彼は3歳9カ月で当時の満州に残され、「孫玉福」の名で戦後の中国を生きた。著者のデビュー作『あの戦争から遠く離れて』は、父であり中国残留孤児であった彼の劇的な運命を通して、国や故郷とは何か、そして、戦争を知らない世代が戦争を知るとはどのようなことなのかを描いた素晴らしい作品だった。

 その著者が本書でテーマとしたのは、同じく満州と戦後の中国を生き抜き、日本に帰国した人々の物語である。

「中国では七回も売られたんだよ」と自身の半生を語り始めた中国残留孤児の帰国者、逃走の途中で我が子を殺すよう迫られた母親、現地に置き去りにされた従軍看護婦……。

 収録された6篇(ぺん)に共通するのは、彼らが「祖国」を自らの意志で選び取らねばならなかったということだ。そこには当然、様々な痛みがともなった。日本と中国の間で揺れ動き、引き裂かれた痛烈な思いがあった。

 読んでいると、著者が自らと「戦争」との距離を常に思いながら、それでも彼らに心から寄り添おうと誠実な取材を続けてきたことが分かる。

 悲しみは悲しみのままに、迷いは迷いのままに。祖国とは何か、人が生きることの意味やそこにあった幸福とは何か――彼女は語り尽くせぬものを語ろうとする人々の言葉を丁寧に聞き取っていく。

 そうして描かれる中国大陸での体験は、どれも運命の風向きが少しでも変われば命を失っていたようなものばかりだ。その運命を抱きかかえて生きてきた人々の姿は、こう語りかけてくるかのようだ。どんなに過酷で不条理な状況からも人生の次なる道はすでに始まっていて、人は目の前に見えたその道を一歩一歩、懸命に踏みしめて進んでいくしかないのだ、と。

 時が経(た)ち、ようやく語られるようになった言葉がある。言葉にしたことで、初めて形になる心の有り様がある。その一つひとつをすくい取ることで立ち現れる光景の数々は、百の理屈よりも一つの事実こそが、確かに多くを伝えるのだということを教えてくれる。

(ノンフィクション作家 稲泉 連)

[日本経済新聞朝刊2015年2月22日付]

祖国の選択:あの戦争の果て、日本と中国の狭間で

著者:城戸久枝
出版:新潮社
価格:1,512円(税込み)