胡椒 暴虐の世界史 マージョリー・シェファー著植民地支配もたらした世界商品

2015/2/25

一七世紀末、イギリス王ウィリアム三世は、マンハッタンの一角を「胡椒(こしょう)一粒の地代」でトリニティ教会に売り渡した。このような表現が用いられるほど、胡椒は古代ローマ時代以来、ヨーロッパ人にとってなじみの嗜好品のひとつであった。

(栗原泉訳、白水社・2400円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

 ヴァスコ・ダ・ガマを先頭にヨーロッパ人がアジアに直接航海する、いわゆる大航海時代になると、ヨーロッパ諸国は、競ってこの貴重品を求めた。中国人も、もっと早くから、鄭和の宝船隊などを派遣して、インドや東南アジア各地で胡椒を渉猟した。

 しかし、胡椒が歴史を動かす重要な原動力のひとつとなったのは、ほかでもないヨーロッパ人のあいだにおいてであった。というのは、胡椒を含む香辛料こそは、ヨーロッパ人が、それを求めて相争い、アジアを植民地化して帝国主義的な支配を及ぼす最大のきっかけとなったからである。それは、どこでも売れる世界商品として、カリブ海やヴァージニアの砂糖や煙草(たばこ)にも似た世界史的意味をもっていたのである。

 ヨーロッパとアジアの関係を規定するきっかけとなったこの動きは、ポルトガルによって開始されたが、結局、その成果を摘み取ったのはオランダとイギリスの東インド会社であった。

 オランダは、一七世紀初頭にアンボイナでの戦闘によって、インドネシアの支配権を確立し、クーン総督のもと、本格的な植民地経営にのりだした。敗れたイギリスはやむなくインドに拠点をおくことになる。イギリスが東南アジアに本格的に進出するのは、一九世紀のラッフルズの時代をまたなければならなかった。この頃には、新生国家アメリカも登場する。

 二〇世紀ともなると、さすがの胡椒も、人びとの生活のなかで近世ほどの意味はもたなくなった。とはいえ、いまもそれが重要な嗜好品であることに変わりはないし、かつて肺炎の特効薬ともされていただけに、健康食品としての薬効も再び注目されている。

 本書は、近世以後、現代にいたるまでの世界史に胡椒が果たした役割を、さまざまなエピソードを交えつつ、主にヨーロッパ側から通観していて、モノを通してみる歴史のひとつとして、楽しい読み物となっている。説明がいささか平凡に感じられるところもあるが、それだけスタンダードな知識も得られる。

 とくに、オランダ東インド会社によるインドネシア経営の実態がかなり詳しく描かれていて読み応えがある。

(仏教大学特任教授 川北 稔)

[日本経済新聞朝刊2015年2月22日付]

胡椒 暴虐の世界史

著者:マージョリー シェファー
出版:白水社
価格:2,592円(税込み)