素晴らしきソリボ パトリック・シャモワゾー著愉快で絢爛豪華な言葉の玉手箱

2015/2/24付

そう長くはない一冊なのに、なんとまあ愉快で絢爛(けんらん)豪華な、言葉の玉手箱のような小説であることか。俗語満載のアクション・シーン、社会史や言語文化についての思索者のつぶやき、掛け言葉で転がっていく語り部の口上筆記。多様な言葉のパフォーマンスそのものが、この小説の狙いといえる。なにしろ「言葉に喉を掻き裂かれて」死んだ男をめぐる物語なのだから。

(関口涼子、パトリック・オノレ訳、河出書房新社・2200円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

 ソリボ・マニフィーク、いわば素晴らしき転落という名で知られた男の不可解な死を目撃した人々を、警察が尋問する。事件が起きたのはフォール=ド=フランス。そこがカリブ海に浮かぶフランス海外県の島、マルティニークの首都だということは、最初は知らないまま読み始めてかまわない。市場の喧噪(けんそう)の中、痛快なおばちゃんや変わり者のじいさんの話に、笑いながら、合いの手を入れながら、耳を傾ければいいのだ。タマリンドの木の下に座ったつもりで。

 証言者たちは、「自称○○」「通称××」「実際は無職」のオンパレード。「自称『言葉を書き留める者』、実際は無職」の男シャモワゾー、つまり著者本人もそこにいる。かれらはソリボとの思い出を語る。明るく貧しくあけっぴろげな、ドラムビートと色恋沙汰のリズムで刻まれた、時計の針では計れない豊かな人生の記憶を。

 貧しい炭売りのソリボが町の人々に深く敬愛されていた理由、それは彼の「語り」の力にあった。彼は言葉の力で人々を、いや蛇や豚までもを、魅了してきたのだ。

 語りの妙技、聴衆との掛け合い、ドラムのリズムとの共振、武術とケンカとダンスの融合。カリブ海の、とくにアフリカ系の伝統に由来する文化の、息づかいが感じられる。植民地主義と奴隷制度の歴史、解放後さらに流入してきたアフリカ系やアラブ系やインド人の存在、ベケと呼ばれる白人富裕層やフランス本国との関係も、ほの見えてくる。口承文芸と文字文化の間に立つ、著者の姿も。

 カリブ海はもっとも古い「新世界」だ。列強が何世紀にもわたって領有を争ったこの地について知ることは、植民地とはなにか、ひいてはヨーロッパ文明とはなにかを、知ることでもある。シャモワゾーとカリブ海のクレオール文化、セゼールやファノン、ネグリチュードの運動に関心のある人はもちろん、そうでない人も、きっとなにか発見がある。こんな本を翻訳した関口涼子とパトリック・オノレもやっぱり、魔法使いのようにマニフィークな語り部だと思う。

(比較文学者 中村 和恵)

[日本経済新聞朝刊2015年2月22日付]

素晴らしきソリボ

著者:パトリック シャモワゾー
出版:河出書房新社
価格:2,376円(税込み)