サーカスナイト よしもとばなな著心のバランス取り戻し得る幸せ

2015/2/23

「ほんと、全体がちょっとしたホラーか都市伝説みたいだったよね。家の庭に骨が埋まっていて、それは母の元カレの死んだ双子のお兄さんの骨だったのです……って。」

(幻冬舎・1500円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

 娘のみちるにそう言われて、さやかは、「うまいこと言うなあ」と思う。

 さやかはある青年と同棲(どうせい)していたのだが、暴力的な事件がきっかけで別れてしまう。その後、「たまに会える遠くてすばらしい、自分にないものばかり持っている憧れの人」だった悟に「子どもがほしい」といわれる。癌(がん)で死を宣告され、子どもを残したいというのだ。やがて妊娠し、結婚して、みちるが生まれ、悟がいってしまう。

 さやかは悟の両親と一緒に「日本の庭付きの平和な二世帯住宅」に住んでいるのだが、ある日、手紙がくる。そちらの家の庭に母が遺品を埋めたらしい、母がなくなった今、それが気になってならないので、「お庭に入らせて少しだけ土を掘らせていただけないでしょうか?」という。差出人は市田一郎、さやかのかつての彼氏だった。

 ここから物語が始まる。

 さやかは幼い頃に両親をなくし、リアルに精霊を感じられるバリ島で育って、人よりも「もの」に対する感覚のほうが鋭敏になった。この作品は、そんな「自分のことをだいじにしないところがある」さやかが心のバランスを取りもどしていく軌跡を追っていく。

 一郎との「完璧で潔癖な恋」、悟との「殺されるような、死ぬような迫力を秘めながら、とてつもなく守られているような」セックス。「きっと、いろんな意味でずれていたに違いない」かつての自分、「私の曲がったままの左手の親指」をめぐる事件とその後遺症。

 ひとつひとつの確認が発見につながり、それを発見してはまた確認する、その繰り返しが確実にひとつの幸せにつながっていく楽しさが、この作品にはあふれている。そのなかで、さやかは細かなつながりと大きな流れを実感する。

 著者はあとがきで「主人公にはいろいろなことがあったけれど、今は実りのとき。ふりかえって人生を味わうとき。先のことを少し楽観的に考えていいとき。そんな感じです」と書いている。読み終えて、すこんと晴れた空を見あげるような気分になれる、そんな作品だ。

 よしもとばななが吉本ばななだったときの短編「とかげ」では、死と親しい男女が宿命的に出会う。2人が今も生きていれば、ぜひこの本を読んでほしい。

(翻訳家 金原 瑞人)

[日本経済新聞朝刊2015年2月22日付]

サーカスナイト

著者:よしもと ばなな
出版:幻冬舎
価格:1,620円(税込み)