アメリカン・スナイパー
重層的に米国を見通す
クリント・イーストウッド監督の最新作。前作「ジャージー・ボーイズ」(2014年)のほどよくちからのぬけたタッチから一転、「許されざる者」(1992年)のころのような、いや、それ以上にちからのみなぎる活劇である。
03年から09年までイラク戦争に、ネイビーシールズ(海軍特殊部隊)の狙撃手(スナイパー)として4度にわたり参戦し、160人の敵を射殺して、"レジェンド"とよばれた男クリス・カイルの手記を映画化した。映画化をのぞみ、プロデューサーの一人でもあるブラッドリー・クーパーが、カイルを演じる。
市街戦のなかで、友軍兵を援護するため望遠レンズで目をひからせる狙撃手が射殺するのは、敵の兵ばかりではない。
冒頭のシーンでは、最初の戦場派遣で、手投げ弾をもった母と幼い息子をスコープにとらえたカイルが、ぎりぎりまで逡巡(しゅんじゅん)する。
そこに、銃声とともに彼の幼年時代がフラッシュバックする。父に射撃をおそわり、彼は幼くして天分を見せたが、弟は逆だった。「人には3種類ある。羊と狼と牧羊犬だ。男なら悪い狼から羊をまもる牧羊犬になれ」と父はおしえた。
往年のアメリカ映画なら牧歌的な空気でつつんだだろうこのシーンに、ギラギラとしたちからがこもり、「銃社会アメリカ」の内実を見ている気になる。アメリカもまた別の異文化、という視点を感じる。
カイルは、アメリカという国にとっては英雄であり人間としてもそれなりに誠実で愛のある男だ。
だが、この映画は英雄礼賛映画となるには、あまりにも多くの真実をとらえすぎている。いつもよりもあかるい画調のなかで、イーストウッドの視力は、重層的にものを見通す。
ドキュメンタリー・タッチにせず堂々たる活劇として展開するのもみごとだ。2時間12分。
★★★★★
(映画評論家 宇田川 幸洋)
[日本経済新聞夕刊2015年2月20日付]
★★★★☆ 見逃せない
★★★☆☆ 見応えあり
★★☆☆☆ それなりに楽しめる
★☆☆☆☆ 話題作だけど…
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