津軽「けの汁」食べ応え抜群刻んだ山菜根菜 大混雑

根菜、山菜、豆腐など約10種類の食材を細かく刻んで具にする(青森県弘前市の「菊富士」)

青森県西部の津軽地方に伝わる代表的な冬の郷土料理に「けの汁」がある。さいの目に細かく刻んだ野菜や山菜、豆腐などをだしと一緒に大鍋で煮込んだ味噌仕立ての汁物だ。雪に閉ざされる小正月のころに食べる家庭料理として津軽の人々に親しまれている。

お城と桜で名高い弘前市の中心街にある1927年創業の老舗「創作郷土料理の店 菊富士」。看板メニューの一つが、けの汁だ。「ふだんでも1日10食、さくらまつりの時は100食出る日もあります」と板垣重敏社長(54)。今や観光客の定番となっているけの汁をさっそく板垣社長に作ってもらった。

名前が「汁」だから、知らないと味噌汁や豚汁のようなものと思いがちだ。だが、さらさらした「液体」ではない。主役は多種多彩な具材だ。ダイコン、ニンジン、ゴボウ、フキ、ゼンマイ、ワラビ。まだまだ。高野豆腐、油揚げ、こんにゃく、そして大豆をすりつぶした「ずんだ」。

焼き干しだしがきいた味噌味の汁が具にしみ込みこんだ「けの汁」

5~8ミリ角に細かく切ったこれらの具材が、イワシの焼き干しと昆布でだしをとった味噌味の汁をいっぱいに吸い込んで鍋を埋めている。汁とは名ばかり。あくまで食べる料理なのだ。

栄養も満点だ。板垣さんは「低カロリーで食物繊維が豊富。たくさん食べても太りません。野菜にだしがしみ込んでいるので意外と腹持ちがいい。体も温まります」と話す。

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けの汁のルーツは何か。弘前駅から北に1キロメートルほど行った和徳稲荷神社に「和徳城がけの汁発祥の地であることを宣言する」と記した木の札が立っている。この札を立てた地域おこしグループ「和徳歴史探偵団」の三上隆博団長(40)を訪ねて由来を聞いた。

それによると、戦国時代の1571年、この地を支配していた小山内氏の和徳城が大浦為信(後の津軽為信=初代弘前藩主)に攻められて落城するとき、そこにあった野菜を刻んで煮て食べたのが始まり。「滅びの美学」がイメージされて話は面白い。だが、少し「出来すぎ」の感もある。

けの汁発祥地を宣言する和徳稲荷神社の立て札

三上団長自身、この説に自信があるわけではない。和徳城説は一つの説にすぎない。三上団長は「和徳地区が発祥地を宣言することで、『いやうちが元祖だ』『いやこっちが本舗だ』と論争が起きて地域が盛り上がればいい」と話す。

津軽食物史研究家の木村守克さん(78)は、平安時代の宮中の正月行事に注目する。7種の若菜を吸い物にして食べる七種菜と7種の穀類を粥(かゆ)にして食べる七草粥があり、このあたりにルーツがあるとみている。

木村さんによると、「粥の汁」と言っていたが、「かゆ」がなまって「け」となり、けの汁と呼ばれるようになった。昔はコメは貴重だったし、津軽地方では野菜が豊富には採れなかった。このため、厳しい気候の津軽でも栽培できる根菜類や、夏に採って保存しておいた山菜を材料にした。材料を細かく刻むのは野菜をコメの粥に見立てたためと木村さんは推測する。

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けの汁は津軽全域で食べられているが、地域によって少し違いがある。弘前商工会議所が木村さんの監修でまとめた資料によると、根菜と山菜は共通だが、平川市ではシイタケを使う。中泊町は豆腐をサラダ油でいためて使う。深浦町は煮豆を入れ、ダイコンは長さ2センチ大の拍子木型、ゴボウはささがき、ワラビは長さ2センチ大など具が大きい。蓬田村はしょうゆ味だ。

木村さんは「弘前市が具の刻み方が一番細かく、弘前から遠くなるにつれて大きくなる傾向がある。弘前でも具は昔に比べて大きくなっている」と話す。

具が大きくなるのは、細かく刻む手間が大変だという事情がある。津軽地方のスーパーでは、けの汁用に細かく切った具材をセットにした袋入りパックが普通に売られている。

本来、けの汁は精進料理だが、小さな子どもがいる家庭では肉を入れることも多い。中にはカレー味の家庭もあるという。もっとも、ここまで来ると、けの汁なのか、カレーなのか、訳が分からなくなる。

<マメ知識>缶詰で本場の味堪能
弘前商工会議所によると、弘前市の「郷土料理」をうたう飲食店の多くが、けの汁を提供している。青森市でもメニューに掲げる飲食店は多いとみられる。けの汁と同様の料理は秋田県にもあり、「きゃの汁」「きゃのっこ」などと呼ばれている。
青森県観光物産館アスパム(青森市)など県内の主な観光客向け店舗では、けの汁の缶詰を販売している。主に土産物用として開発された商品で、具材だけでなく汁も入っているので、鍋や皿に移して温めるだけで手軽に津軽の味を堪能できる。

(青森支局長 森晋也)

[日本経済新聞夕刊2015年2月10日付]

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