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エコノ探偵団

高額当せん「くじ」が人気 人は合理的とは限らない

2015/2/4 日本経済新聞 朝刊

「最近、高額の当せん金が当たるサッカーくじや宝くじが人気を集めているようです。なぜでしょう」。探偵事務所を訪れた近所に住む会社員の情報に探偵、深津明日香が身を乗り出した。「私も興味があるわ。詳しく調べてみましょう」

■少ない損よりワクワク感

明日香は1月23日の夕方、東京都中央区にある「宝くじドリーム館」を訪ねた。毎週金曜日、宝くじ「ロト7」の公開抽せんがあると聞いたからだ。抽せんを見ていた東京都内在住の男性(65)に聞くと「よく買います。わくわくしながら抽せんを見るのが楽しいんです」と話した。

ロト7は1~37の数字の中から異なる7個の数字を選んで購入する。コンピューターで自動的に数字を選ぶこともできる。1口300円だ。

1等の当せん確率は約1029万分の1で、日本の宝くじ史上最も当たりにくい。その代わりに最高当せん金額は4億円。当せん口数が少なかったりゼロだったりすることも多く、その場合は余った金額を翌週に繰り越す「キャリーオーバー」が発生し最高当せん金は8億円になる。この日も1等8億円が2口出たうえ、約10億円分がさらに翌週へキャリーオーバーされた。

販売を受託しているみずほ銀行宝くじ部の土屋修さんに話を聞いた。「法改正で最高当せん金の上限が引き上げられたのを受けて、2013年4月からロト7を販売しています。予想していた以上に好調です」。13年度のロト7販売額は1298億円。宝くじ全体の販売額は9444億円と前年度より3%増えた。より高額の当せん金を狙うファンが従来の宝くじからシフトしている面もあるようだ。

明日香は次に、東京都港区の独立行政法人日本スポーツ振興センターを訪れた。サッカーくじ「BIG(ビッグ)」の販売事務を担う組織だ。BIGはサッカーの試合結果で当せんが決まるが、コンピューターで自動的に選ぶためサッカーを知らない人でも購入しやすい。

広報係長の森田佳樹さんに話を聞いた。「BIGの最高当せん金は通常6億円ですが、法改正で上限が引き上げられ、13年度から期間限定で最高約10億円のくじを販売するようになりました」。Jリーグのオフシーズンには海外の試合を対象に販売し始めたこともあって、13年度のサッカーくじ販売額は1081億円と前年度より26%も増えた。「14年度も好調で、昨年の販売額を上回りそうです」と森田さん。1日には日本のくじ史上最高の10億2015円の1等当せんが6口出た。

「当せん金の上限が引き上げられたため魅力を感じる人が多いようです」。いったん事務所に戻った明日香が報告すると、所長は首をかしげた。「でも、宝くじやサッカーくじは買えば買うほど損をする仕組みなんだがなあ」

改めて調べると、日本の宝くじは「当せん金付証票法」という法律で「当せん金品の金額又は価格の総額は、その発売総額の五割に相当する額(キャリーオーバー発生時はその分を加えた額)をこえてはならない」と決まっている。購入者全体が支払った額の半分以下しか当せん金に回せないわけだ。

実際の宝くじの販売額のうち、当せん金に回るのは47%程度。残りは発売元の自治体の収入と販売費になる。理論的には、宝くじをずっと買い続けても払った額の半分以下しか戻ってこない。サッカーくじの還元率も約50%で、残りはスポーツ振興の補助金などに回る。ちなみに競馬や競輪など公営ギャンブルの還元率は約75%になっている。

明日香は、BIGをよく買うという神奈川県在住の男性(48)に聞いてみた。「買えば買うほど損をすることは知っていますか」。男性は「もちろんわかっています。でも高額の当せん金はやっぱり魅力的ですね」と答えた。

■人は合理的とは限らない

明日香が京都大学経済学部教授の依田(いだ)高典さん(49)を訪ねると「行動経済学の理論で説明がつきます」と話し始めた。伝統的な経済学では人間が常に合理的に判断し行動すると考えるが、行動経済学は実際の人間が完全に合理的ではないことを前提としている。

依田さんによれば「人間は利益を求めるより損失を嫌う傾向がより強いが、損失が少額の場合はリスクを積極的に取ることを好む」。1回の出費が数百~数千円と少額で済むくじの損失リスクは過小評価され、高額の当せん金が手に入るかもしれないという「夢」に積極的にかける。

「でも合理的に判断すれば、長期間くじを買い続けると購入金額の合計も大きくなることがわかり、リスクを回避しようとするはず。合理的でないからこそ、くじを買おうという気持ちが起きるのです」と依田さんは解説した。

一橋大学経済研究所教授の小塩隆士さんにも話を聞いた。「米国では、低所得の人や社会的に不利な立場にある人ほど、くじを買う傾向があるという実証研究もあります」。リスクをどう受け止めるかは、その人がどんな環境にあるかでも異なるようだ。

「損を承知で夢を買う人間の行動は合理性だけでは説明できないようです。ところで、調査用にロト7を5口買ったんですけど、経費で落とせますよね」。明日香の言葉に所長が一言。「それは税務署に説明できないだろう……」

◇            ◇

■生命保険、還元率でみると…

払った金額に対して、いくら戻ってくるか。還元率を知ることは、その支払いが合理的かどうか判断するうえで重要だ。では、生命保険の場合はどうだろうか。

生命保険には「いざというとき」に備える保障型もあれば、貯蓄型の保険もある。また保障型の中でも、保険料掛け捨てのものもあれば、満期時や解約時に一定額が戻ってくるものもある。

このため、消費者が保険の還元率を知るには、保険料に占める保険会社の取り分(付加保険料)の割合を商品別に知る必要がある。ところが、ほとんどの国内生保は商品別の付加保険料率を開示していない。唯一開示しているライフネット生命保険では、医療保険の付加保険料率は20%程度。「還元率」は80%程度ということになる。

保険コンサルタントの後田亨氏は「ある国内生保とライフネットの保険料の違いを考えると、付加保険料率が50%を超えていると推察できる商品もある」と指摘する。つまり「宝くじ並み」の還元率ということだ。

もちろん、宝くじと保険を単純に比較はできない。宝くじと保険ではお金を払う動機が違うし、死亡や医療の保険金が手に入らないのは健康で生きているおかげということもあるだろう。それでも、保険料を支払うことが果たして合理的なのかどうか、一度考えてみるのもいいかもしれない。

(編集委員 宮田佳幸)

[日本経済新聞朝刊2015年2月3日付]

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