地政学の逆襲 ロバート・D・カプラン著地理的条件に制約される国際政治

2015/2/2付

アメリカが世界を圧倒する超絶大国だという見方がなされていたのはそれほど昔のことではない。1990年代初頭に湾岸戦争を主導してから2003年にフセイン政権を打倒するまでがその絶頂期であった。その時期、アメリカは「エア・パワー」によって地球のいかなる場所にも強大な軍事力を派遣し、征圧できると見られていた。

(櫻井祐子訳、朝日新聞出版・2800円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

 しかし周知のように、その後、アメリカはイラク及びアフガニスタンの秩序構築に苦しみ、アメリカ超絶大国論は急速に後退した。本書はそうした流れの論理的帰結を示すものである。その主張の核心は「地理の復讐(ふくしゅう)」、すなわち現代においても、地理、歴史、文化といった地上の状況によって国際政治は制約されていることを強調することにある。

 著者はマッキンダー、マハンといった古典的な地政学者から、ミアシャイマーやベイセヴィッチといった現代の国際政治学者に至るまで、数多くの著述家を縦横に引用しながら地理的要素の重要性を説く。もちろん、かつて地政学が地理的決定論として誤用された過去にも言及し、あくまで地理は自然な趨勢を示すだけであると留保することも忘れない。

 地理や歴史を重んじ、先人に学ぼうとする著者の姿勢は誠実なものであり、こうした取り組みは現代の国際政治を俯瞰(ふかん)する上で間違いなく裨(ひ)益(えき)するところ大である。しかしまた、決定論ではないことを理解した上でなお、著者の見解に対して疑問を感じる点も少なくない。たとえばロシアの影響力を過小評価するべきでないとの指摘には同意しえても、カザフスタンの地政学的重要性は強調されすぎではないだろうか。

 また、中国の台頭を指摘するのは当然として、これに対してアメリカがどう対応すべきなのか、今ひとつ明確でない。さらに、アメリカのヨーロッパおよびアジアに対する今後の政策は、西半球でアメリカがメキシコといかなる関係を結びうるかにかかっているという主張は、盲点を衝(つ)かれる思いと同時にいささか肩すかしを食らった気にもなる。

 時あたかもフランスでのイスラム過激派によるテロに続いて、日本人が人質となる事件が起きた。こうした事態は地理的境界を越えたネットワーク型の脅威の存在を実感させる。地理の重要性は忘れてはならないが、その解釈は一様ではなく、地理に過剰に囚(とら)われることにも危険が存する、という教訓こそ、本書から読みとるべきであろう。

(京都大学教授 中西 寛)

[日本経済新聞朝刊2015年2月1日付]

地政学の逆襲 「影のCIA」が予測する覇権の世界地図

著者:ロバート・D・カプラン
出版:朝日新聞出版
価格:3,024円(税込み)